SUSHI TIMES

握りだけで勝負する「銀座 はっこく」シャリに合わせ魚に一手間

「かっこいい」という言葉が似合うこのすし店は、2018年2月、東京・銀座に誕生した。店の名前は「はっこく」。わずか1年で「鮨とかみ」を「ミシュラン東京ガイド 2014」の1つ星に輝かせた大将、佐藤博之さんが独立して開業した店である。佐藤さんの店ということでプレオープン時から交流サイト(SNS)などで話題となり、グランドオープンを待ち焦がれていた人も多かったようだ。

店内は6席ごとのカウンターが3つあり、佐藤さんのほかに若手2人がそれぞれのカウンターを任せている。すし職人は握らなければ育たない。若手にチャンスを与えたいという気持ちの表れだ。最高のすしを食べてもらうための佐藤さんのこだわりだという。

しつらえにも道具にもセンスとこだわりを感じる。例えばツメのはけも自分たちで漆を塗る。トイレにはお手ふきを入れるために壁を削った。

あえて握りだけで勝負する

こだわりの最たるものは「握り30貫以上」というスタイルだ。「すしはシャリ」と佐藤さんはあえて「握り」だけで勝負する。
佐藤さんならではのメニュー「突先」。以前勤めていた和食店で最高級のマグロと出合った。築地でトップクラスの仲卸「やま幸」のマグロだ。このマグロには普通の酢飯では負けてしまう。試行錯誤の末にやっと「このマグロに合う強いシャリ」に行き着いた。これが佐藤さんの代名詞とも言われる「赤酢の効いた酢飯」の原点である。最高のマグロを最高の酢飯と最高のノリで巻いた「突先」がはじめに出されるのである。

最高級のマグロと酢飯とノリで巻いた「突先」

ノリは有明産。パリッとしているのになぜか溶ける。しかしまたパリっとしたところを感じる。

「ケールとブロッコリーのごまドレッシング」など日替わりの野菜も

名物「突先」の後に、少し多めの量を盛り付けた野菜が出される。「ケールとブロッコリーのごまドレッシング」「新玉ねぎをポン酢で」「固茹(ゆ)でしたいんげんと塩」「ピーマンと塩昆布(コンブ)」など、日替わりの野菜が用意されており、一品料理というより手元に置いて軽くつまんで、なくなると次の野菜が出される。これが箸休めにちょうど良いのである。量といい、味わいといい、握り30貫という量に合わせて計算されているに違いない。

素材の水分を保つのは江戸前ずしならではの仕事だ。佐藤さんの得意とする「車海老(クルマエビ)」はとろけるようでプリッとした歯ごたえも感じる食感。

甘みも楽しめる「車海老」

一番おいしいところで火を止める、そこで生まれる甘みは佐藤さんの感覚がなせる技。きっちり酢が効いた酢飯との相性たるや、思わず顔がほころぶ。

特に美しいのが「鱚(キス)の昆布(こぶ)締め」だ。皮付きのまま細かくかのこに包丁を入れ、しっとりと酢飯に寄り添う。うっすらと透けたキスはコンブのうまみをまとい、ねっとりと極上の風味を醸し出す。

すしのタネとしては珍しい「太刀魚(タチウオ)」だが、佐藤さんの手にかかれば十分に厚い身がほろほろととけ、酢飯と一体となり、まるで焼き魚でご飯を食べている感覚に陥る。焼いておいしいタチウオをどうやったらすしにできるのかを考えた末に低温調理がしっくりきたと言う。このビジュアルと食感は記憶に残るだろう。

春の時期限定の「かすご鯛」

春の時期に産まれるタイの稚魚「かすご鯛(ダイ)」。桜の時期にしか食べられない小さなタイは皮を湯引きして、おぼろの甘みを包ませる。小さい故にタネにするのはすし職人泣かせ。それでも「お客様に喜んでいただきたい」と今おいしいものを提供する。

佐藤さんのすしで欠かせないのが「玉」。カリッとした食感の後に広がる卵の味は深みがあるのに軽い。どうしてもこの玉が食べたくて訪れてしまいそうなほかにはない味わいなのである。

酢飯のツブ感にも気を配る佐藤博之さん

魚をシャリに合わせる

コメは、食べた時の酢飯のツブ感を大事にするため粒の大きいものを選定している。「ツブ感」「水分量」「うま味」でおいしさが決まるという。しかしマグロに合う酢飯がほかのタネに合うのだろうか? 「ウチはこのシャリに合わせて魚に仕事をしています。すしはシャリだと思っていますから」とキッパリ。「あとは大きさですね。無意識ですがタネによってシャリの大きさが変わっています」と話す。

その酢飯を取り1回握り、タネを上にしてもう1回、180度返してさらに1回、また180度返して2回握り、最後にぎゅっと2回握って、よし!と納得したようにうなずいてつけ台に置く。美しさにうっとりしつつも頬張ると、ツブをしっかり感じる酢飯がタネとともに喉を通っていく。後に残る香りがスーッと抜けた頃、覚醒したように「おいしい」という言葉が出る。

こんなすごいすしを握る手はどうなっているのだろう?と興味がわき、「見せてください」と言うと、「すごいシワシワなんですよ」とはにかみながら広げてくれた。『鮨とかみ』を退職してから約1年間、フランス、スペイン、米国、デンマーク、台湾、タイ、インドネシア……、各地の料理人である友人たちとコラボレーションし、現地の美食家たちをもうならせていた手だ。

話せば話すほどかっこいい人生という文字が浮かぶ。「運が良いだけです。周りに恵まれ、その方たちのおっしゃることを聞いてきただけですから。本当にありがたいです」と話す。バンドでプロになる夢を追いながら、たまたま時給で決めた飲食のアルバイトから料理界への道が開けた。自分に何ができるだろうか、何が求められているのだろうか、自問自答しながら必死に走ってきた。江戸前ずしを徹底的に学んだ上で、自身の感性に従う。すしの異端児と言えるかもしれない。

白と黒を意味する「はっこく」。店名に自身の名前も「鮨(すし)」も銀座も入れなかったのは、はっこくと聞いただけですし店と認識してもらいたいという気持ちと、みんなで一緒につくり上げていきたいという思いからだ。これからは若手に江戸前ずしを継承し世界へ発信していきたいと言う。

<メニュー>

おまかせ ランチ2万円~ / ディナー3万円~ ※価格はすべて税、サービス料別(サービス料10%)

はっこく
住所:東京都中央区銀座6-7-6 ラペビル3F
電話番号:03-6280-6555
営業時間:11:30~14:00、17:00~23:00
定休日:日曜、祝日
*上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

出典:NIKKEI STYLE