SUSHI TIMES

「江戸前寿司」のいろは—伝承から攻略法まで

「江戸前寿司」の誕生まで

江戸時代、日本橋の魚市場の様子。

江戸前寿司は文政年間(1800年代初頭)に、江戸の寿司職人だった華屋與兵衛(はなや・よへい)が確立したと言われています。東京都墨田区両国1丁目には「與兵衛寿司発祥の地」という記念碑が建てられています。碑文によると與兵衛は、それまでの寿司飯に生の魚介類を乗せた寿司(おそらく大阪の押し寿司の一種と考えられている)に改良を加え、「煮る」「締める」などの仕事を施した寿司ネタを酢飯と合わせて握る独特の寿司を発明したとあります。

最初の頃は、それを「岡持(おかもち)」のようなものに入れて売り歩いていたようですが、やがて屋台形式の店舗を作り、客の目の前で寿司を握って売り出したところ、大当たり。江戸のファストフード「江戸前寿司」が誕生したと言われています。

「江戸前」とは何なのか?

「江戸前」という言葉にはふたつの意味があります。ひとつは江戸の前、つまり現在の東京湾という意味です。当時の東京湾は魚の種類が現在よりも豊富でした。車海老、穴子、蝦蛄(しゃこ)、蛸(たこ)、蛤(はまぐり)、赤貝…。江戸の人々は、自分たちが暮らす目の前の海で獲れた新鮮な魚介を「江戸前」と呼んで自慢したのでしょう。

鮨青木のタネ箱、右上から①小肌(こはだ)、②のどくろ、③春子(かすご)、④鱚(きす)の昆布締め、⑤おぼろ、⑥細巻海老(さいまきえび)、⑦鯵(あじ)、⑧炙り鯖(さば)、⑨烏賊(いか)。
同じく鮨青木のタネ箱、①蛤(はまぐり)、②平貝(たいらがい)、③小柱、④車海老、⑤ミル貝、⑥赤貝のヒモ、⑦トリ貝、⑧青柳。

もうひとつは、「江戸前」の「仕事」という意味です。江戸時代は現在のような交通手段が確立されていない上、現代の保存には欠かせない冷蔵庫や冷凍庫もありません。新鮮な魚介類も、時間の経過とともに鮮度が落ちて、品質が悪くなってしまいました。そこで、魚介類が新鮮なうちに「仕事」を施し、生よりも旨味を凝縮させ、保存に適した状態に仕上げる工夫が開発されました。代表的なものが「塩や酢で締める」「蒸す・煮る」「タレに漬け込む」といった技法です。

こうした先人の知恵と工夫が結果として、素材の旨味を最大限に引き出す「仕事」として完成され、世界に誇る「江戸前寿司」が誕生したのです。店では江戸前の伝統を重んじながら、現代の人々の味覚や趣向にあった寿司をお出しするように心がけています。

築地市場に並ぶ新鮮な魚介類。鱧(はも・写真右上)、鯵(あじ・写真左下)、赤貝(写真右下)。

鮪(まぐろ)は江戸前寿司の命というのは本当?

本当です。どれだけいい鮪を持っているのかが寿司屋の「格」を左右します。

ところが、江戸時代、鮪はあまり寿司ネタとしては重宝されておらず、普通の魚に劣るという意味で「下魚(げざかな)」と呼ばれていました。何しろ鮮度の落ちやすい鮪は日本各地から江戸に運ばれてきた時点で鮮度が落ちて、中には腐敗したものもあったといいます。その上、寿司として食べられていたのはもっぱら「ヅケ」と呼ばれる醤油に漬けた赤身でした。現在のように大トロ、中トロなど赤身以外の部位が食べられるようになったのはここ50年くらいのことです。

江戸前寿司の華、鮪(まぐろ)。

江戸前寿司の食べ方のマナー

刷毛で「煮切り」を塗る。

江戸前寿司では握った寿司に刷毛(はけ)で「煮切り」をひと塗りしてお出し致します。煮切りとは醤油に味醂(みりん)を加えてひと煮立ちさせたものです。寿司は握った瞬間が一番おいしいように設計されています。例えば基本は「人肌」の温度と言われますが、ネタによってシャリの温度を調整します。また煮切りだけでなく、煮蛸や穴子には「ツメ」と呼ばれる甘いタレ、アオリイカや白身の魚には粗塩といった具合に味付けも変化させます。

手で食べるか、お箸を使って食べるかはお客様のお好みです。目の前にお寿司を出されたら、とにかく、早く召し上がってもらいたいですね。

「外国人の方は山葵(わさび)を好まれます」と青木さん。

寿司には「ガリ」と呼ばれる生姜(しょうが)を添えてお出しします。薄くスライスしたものもございますし、うちの場合はダイス状に切ったものをお出ししています。清涼感のあるガリを食べることで口の中をさっぱりさせれば、次の寿司をよりおいしく食べることができる。

何よりガリや山葵(わさび)を生魚といっしょに食べることで、先人たちは殺菌や防腐の効果を期待したのでしょう。不思議なのは、そうして食べる方が寿司は旨いということ。江戸前寿司の隅々に、こうした先人の知恵が隠されているのです。

寿司屋でやってはいけないこと

基本的にはお客様の自由ですが、外国人のお客様の中には強烈な香水をつけて来店される方がおられます。これはNGです。寿司に限らず日本料理は食材の繊細な香りを楽しんでいただくものです。強い香水はお隣のお客様にも迷惑になるからです。あとは同じ理由でタバコもNGです。

注文のマナー

お昼はその時季におすすめする代表的なネタとこちらで選んでお出しする定食を、3,000円からご用意しております。夜は基本的には「おまかせ」または「お好み」で、その日の仕入れの状況を見ながら旬のネタを「つまみ」の後に「にぎり」という構成でお出ししています。もちろん「にぎり」だけの注文も大丈夫です。一通り、食べていただいた後に、好きなネタ、おいしかったネタを再度、リクエストされる方もおられます。

ただし、気をつけなくてはならないのは、ネタによっては高額なものもございます。とくに鮪のトロは年間を通じて一貫2,000円以上します。

また、おすすめの注文方法として、予約の段階であらかじめ予算をお伝えください。その範囲の中で精一杯、おいしものを提供させていただきます。目安として夜は飲み物は別で「2万円~」と思っていただければよいのではないでしょうか。

青木 利勝

●「鮨青木」二代目店主。埼玉県生まれ。日本体育大学を卒業後、1年間米国で遊学。帰国後、京橋の名店「与志乃」で修業し、その後、名人と謳われた父・義(よし)氏のもと、寿司職人の腕を磨く。28歳のとき、先代が急逝。二代目主人として「鮨青木」を継ぎ、現在に至る。

出典:nippon.com