情熱大陸vol.1128 難波英史[ 鮨職人 ] 鮨の探求がとまらない 予約9か月待ちのヒミツ 【後編】SUSHI TIMES ORIGINALS | SUSHI TIMES

情熱大陸vol.1128 難波英史[ 鮨職人 ] 鮨の探求がとまらない 予約9か月待ちのヒミツ 【後編】SUSHI TIMES ORIGINALS

コロナ禍にもかかわらず、驚異の9か月待ち鮨店「鮨なんば」

 

孤独とコンプレックスを抱えながらも、

あくなき向上心で至高の鮨を目指す。

——その原点は、意外にも十数年前に客から言われた“ある一言”だった。その生き様とは

 

前編はこちら

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(以下放送内容の書き起こし)

「今までで食べたお寿司の中で一番美味しい!」

直球の褒め言葉。これがあるからまた頑張れる。

 

 

難波は1974年、東京・杉並に生まれた。

地元で寿司職人を目指し始めたのは20歳の時。

寿司のイロハを学んだ店はもう廃業していた。

親方だった、榎本雅俊さん。

 

難波の修行時代を教えてくれた。

「彼、サウスポーなんですよね」

でも、寿司の包丁は洋包丁と違ってかたばなので高いんですよ。

最初右にしたら、と言ってお箸持つのも包丁持つのも苦労したと思い

一生懸命いろんなことを覚えようとして先輩や同期の人間に負けまいとして

一生懸命やっていたのを覚えている」当時の師匠は若き日の難波を振り返った。

 

「今でも負けたくないという気持ちはあるんですけど

オブラートに包んでいます。ロールキャベツみたいに。

ロールキャベツ職人です」冗談で包み隠しながら熱い魂を語る。

・・・・

いくつかの店で腕を磨き32歳で独立。時持と杉並でのれんをあげた。

味は銀座。値段は中央線。

料理雑誌が絶賛した1万円のおまかせは

そもそもグルメサイトの口コミから人気に火がついた。

だが本人は少々複雑だった。

最初はうれしかったですけど、後から嫌になりましたね。

『コスパコスパ』って言われるのが辛いですね。

安くて美味しいって良い言葉なんだけど『安くて』はいらないんじゃないかなと思って。

突き抜けて美味いよ」って言われるステージに行きたくなった」

そう語る難波の目には決意の深さが見て取れた。

・・・

新たなステージに踏み出して2年半。

引っ越して間もない自宅には妻と三人の子供が待っている。

 

長男に、寿司の道に進もう思うのかと聞くと・・

「お父さんのみてて、最初は簡単かなと思ったんですけど・・

やっぱり難しい。後継は無理だなと思いました」

難波は苦笑い。

小学生の末っ子は甘え下手だ。

連日深夜に帰る父親が遊び相手に慣れる時間はほとんどない。

 

・・・

高名な師匠についたことのない難波は寿司にまつわるあらゆる本で技術を高めた。

「すし」と名がつく雑誌は全て買った。

書きためたノートがひたむきさを物語っている。

自分で切った笹切り

書物で知った技はなんでも試してみたそうだ。

 

あまり人には相談しなかったのだろうか?

「僕はそうですね。人には相談しなかった。

昔は同じ志のあるすし職人がいなかったんで。

例えばある店では粉わさびを使ってたりるすんですが、僕は本わさびを使いたいタイプだったんですよ。

なので、自分でわさびを買ってきて、

「そうですね、僕だけがこだわるので、店の中では波風はもちろん立ちます。

相談しても『うちはこういう店だからダメだよ』と言われたりしてて・・」。

難波の修行時代の葛藤が垣間見えた。

・・・・

探求心は今も変わらない。だからこそ、都内でも1、2を争う予約困難店になっている。

だがある日私たちは気まずい瞬間に遭遇してしまった。

何やら深刻な様子で電話にかかっていたのは、職人の1人。

営業が始まる2時間前、慌てて難波に連絡を入れた。

ダブルブッキングが起きていた。

「今謝ったから、ダブルブッキング。」。

事態の重大さは予約を受けた本人が一番わかっている。

難波はことさら、弟子を叱ろうとはしなかった。

・・・

酷と知りつつ聞かずにはいられない。

「慢心はなかったのか?」と問うと・・

「何ヶ月先まで埋まってる、調子に乗っている、

天狗になっているとか思われるかもしれないけど

そんなことは一切ないです。もう毎日必死です。

今日満足して帰さないと次はないというそういう覚悟はあります。

またちょっと変わった感動を与えないとな、とか。」

 

テレビには出してくれるなと言われておもおかしくはない出来事。

難波は最後まで愚痴一つ溢さなかった。

そういう男なのだ。

 

・・・

10月半。長野の田んぼは黄金色だった。

全国から取り寄せたコメを試しだきしたところ

ここで取れたものが際立って美味しかったという。

 

生産者を訪ねたのは向こう1年分のシャリに使えるかどうかを確かめるためだった。

標高500mだが、日当たりがよくて風通しも良い。

「(店で使っている米は)粒が大きくて噛んだ時の食感が良い。

食べた時の甘みもあって。一番は土づくり。自分のところで牛を飼っていて、

完熟した良い堆肥をちゃんと堆肥に返すことができて、

そこからまた農場の堆肥がコメの甘みに繋がるんでしょうね」

田んぼにまく牛の堆肥が稲の生育を助けているようだ。

 

 

 

 

シャリを変え、メニューに加える新作を準備すると聞いて定休日の店に駆けつけた。

どこか心にきするところがあったのかもしれない。

用意したのはこれからが旬のホッキ貝。

「高温で湯通しすると味がすごく良くなるって話が

論文か何かに書いてあったんで」

驚いたことに200度の油に潜らせるという。

油であげるすしネタなどみたことも聞いたこともないのだが・・

 

3秒ほどですぐ冷水に浸した。

冷水でも身はきゅっとしまった

冷水で身はきゅっとしまったので、油抜きをして。

 

ホッキ貝h寿司ネタの中で上等ではない。しかし難波には自信があった。

「赤貝とかとり貝に比べれば下の方に位置づけされているけど

美味いんですよ、北海道の長万部のが」。

これを同じホッキ貝の煮汁で取った出汁に漬け込む。

さて、どんな一貫になるのだろう。

 

ホッキ貝を初めて出す。

予約客たちはカウンターに座るまでメニューを知らない。

すし職人難波英文の工夫でぐんと甘みを増したホッキ貝は風格さえ備えていた。

 

反応は上々だ。「ホッキすごく好きでした」と感動を語る客。

 

みんな喜んでいた。ほぼ全員ですよ」と顔をほころばせる難波。

この喜びが、探究心を掻き立てる。

終わり

前編はこちら

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本記事は2020年11月08日(日) 放送の「情熱大陸」

SUSHITIMES編集部が書き起こししたものです。