鮨で世界を盛り上げたい!バンコク「鮨 みさき」オーナー インタビュー(前編) | SUSHI TIMES

鮨で世界を盛り上げたい!バンコク「鮨 みさき」オーナー インタビュー(前編)

かつてのバンコクで、鮨といえば富裕層の特権だったが、日本人の営む江戸前鮨店が増え、グルメな一般市民も通うようになった。そんなバンコクで今最も注目される江戸前鮨店の一つが「鮨 みさき」である。2019 年ミシュランガイドでミシュランプレートとして掲載され、バンコクで最も予約の取れない鮨屋としても話題だ

 

現在はバンコク市内に2店舗をもち、3店舗目を出店予定の「鮨 みさき」は飛ぶ鳥を落とす勢いの人気店だ。タイで鮨ビジネスを成功させた秘訣は何なのか。オーナーの見崎昌宏(みさき まさひろ)氏にインタビューした。

見崎氏は40歳(2019年7月現在)。22年のキャリアを持つ料理人だ。一見コワモテではあるが、話し出すと気さくで気持ちの良いテンポでどんどん会話を弾ませてくれる、頼れる兄貴分という印象の人物だ。

見崎氏の実家は静岡で和食の料理屋を営んでおり、高校卒業後は家業を継ごうと料理の道に入った。箱根や熱海、横浜の料亭などで懐石料理の下積みを経験。10年経った頃「料理の鉄人」として著名な森本正治氏からインド・ムンバイにある「タージマハルホテル」内の日本食レストランの料理長にスカウトされた。80席規模の大型レストランだ。

かねてからアジアでのビジネスに興味があった見崎氏はこれを快諾。この店で初めて寿司を握ることになった。

和食の限界。インドでは「日本の美学」が通じない・・

しかし、見崎氏はこのインドのレストランで早くも「和食の限界」を感じることになる。

ザ タージ マハル パレス ムンバイ

レストラン Wasabi by Morimoto

「インドで、僕の中で考えが大きく変わったことがありました。日本人が当たり前に持っている『季節感』や『引き算』の美学というのが通用しないんです。日本人は紅葉とか、柿の葉とか、銀杏の葉などを目で見て、季節を感じることができます。また、タケノコなどは糠(ぬか)で炊いてえぐみをとるといった、引き算の美学もあります。でも海外は元が臭いものを香辛料で消すという『足し算』の文化なのです。インドではカレーが良い例です。実際、店では何にでも「テリヤキソースをかけてくれ」と言われました。でも日本のブリの照り焼きにはソースがかかっていないですよね。焼いて多少表面に味は付けますが、基本的にはブリそのものの味を楽しみます。でも、海外はブリそのものの味が苦手なんです。デリケートな素材の味っていうものが理解できる人は少ないですから『和食』はそのままでは理解してもらえない。だから僕は『和食』はやめて『鮨』に転向したんです。世界で戦っていくために。」

 

海外で働くメリット

一方、勤務したレストランの客層は目を見張るものがあった。ほとんどはインドの富豪や海外のVIPで、オバマ元大統領や麻生太郎氏も来ていたという。

「海外で料理人をやっていると、日本で出会えない人たちと出会えるんですよね。海外の可能性や面白さっていうのに気づいて、海外にもっと出ようと思ったんです。」

また、プライベートを大切にする海外の料理人は日本人の働き方とは全く違っていた。日本の料理人は下積みの時期だと早朝から深夜まで働くのが普通だ。兼ねてから日本の料理界全般の就業時間の長さには疑問を感じていた見崎氏にとっては海外の料理人の働き方も魅力的だった。

 

海外で働くリスク

見崎氏はインドのレストランとの契約終了後、上海の鮨店を経て、ジャカルタへ。華僑の立ち上げる店を手伝ったが、ここで苦い経験をした。言葉も通じず、コミュニケーションがすれ違い、最終的には契約条件を巡ってトラブルになり、この店を去ることになった。

「仕事を始めて2年後にクビになったんです。一通り教えて、人材も育成した時点であっさり切られたんです。悔しかった。ここでの反省点は、自分が人としての礼儀を欠いていたのかなということです。東南アジアの人に対して、『自分は日本人で、教える立場だから』と彼らを下に見るような扱いをしていたんだと思います。部下や後輩に厳しく指導するのは日本の料理人なら当たり前のことですが、海外ではその土地の文化があるから、日本で当たり前だと思っていた感覚で横柄に振舞ってはいけない。この辺を勘違いする日本人は多いと思います。」

この経験を通じて、見崎氏は事前にその国の慣習や考え方を良く学んでから人と接するように気をつけているという。

また、雇用契約を結ぶ時も、日本とは勝手が違うことが多い。

「海外で働く場合の落とし穴はやはり言語だと思います。アジアのお金持ちは鮨屋をやりたがる人が多い。だから日本人の鮨職人を一生懸命に口説いてくるんです。でも実際に働いてみると条件が違った、良いように使われた、なんてことも少なくない。給料が良いからといって、契約書も読めないのにその仕事に飛びついたりすると、後で痛い目に合いますよ。」

 

再び日本へ、「鮨とかみ」で気付いたタイの可能性

そんな折に日本から1本の連絡が入る。見崎氏の友人が銀座でお寿司屋さんを出したというれ連絡が入る。その店が「鮨 とかみ」だった。

当時の「鮨 とかみ」の大将、佐藤博之と見崎氏は兼ねてからの友人で、「鮨 とかみ」開店時に手伝って欲しいと声がかかった。そして見崎氏が手伝い始めてすぐ、同店はミシュランで星を獲得した。

佐藤氏は現在「はっこく 」のオーナー

「それでも僕は海外志向が強かったんで、いずれ海外に行こうという気持ちでいました。『とかみ』にはタイ人のお客さんが多く来られていました。彼らに『タイにはとかみのような高級鮨店がない』と聞いて。だから僕はこれがビジネスチャンスだな、と思って、それでタイに移ったんです」

 

辞める時にこそ「仁義をきる」

見崎氏は半年ほど「鮨 とかみ」で働き、タイへと移住し和食店で働き始めた。まずは現地の言葉や慣習、タイ人の気性や食材など、タイという国を知ることに務めた。独立が目標であることは入店時に伝えてあり、2年間の契約期間中に独立準備をした。また退職時は後任を探す期間分、余裕を持って伝えた。「仁義をきって辞めること」は見崎氏が海外で働く上で最も重要な事の一つだと考えている。

見崎氏が2年間勤務したバンコク「日本亭」

「特に若い子の中には『合わなかったらすぐ辞めれば良い』という考えの人がいるんですが、特に海外で働くときはやめた方がいい。日本の料理店のネットワークは狭いので、そういうことをしているとすぐに情報が伝わってしまう。辞める時にこそ、きちんと筋を通す事が大事だと思います。」

「ここなら勝てる」タイで戦う事を決意

タイでは自分の弱みも強みも含めて「ここなら勝てる、求められているものを自分が持っている』という自信がもてた」と語る見崎氏。

「タイ人の中には日本人より和食を真剣に食べにいっている人がいます。日本に旅行してミシュランの店を回ってくるんです。そういう人が日本に行かなくても、タイで、同じレベルの和食を食べられるような店を目指したいと思いました。日本人のお客さんも、わざわざ日本に帰らなくてもちゃんとした江戸前鮨を食べられる店を探している方が多かったので、ここにもチャンスがあると考えました。」

後編に続く

文:SUSHITIMES編集部

 

<画像出典>
鮨みさき オフィシャルサイト
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