SUSHI TIMES

鮨職人はもっと自由になる Vol.1 26歳フリーランスの鮨職人が描く「鮨の未来」

Vol.1 26歳フリーランスの鮨職人が描く「鮨の未来」

およそ4年前、堀江貴文氏をきっかけに巻き起こった「鮨職人に修行は必要か」論争。
その後「飯炊き3年、握り8年」などという言葉は死語になりつつあるのではないか。
一方、世界に鮨が認知され、日本の鮨職人のニーズはとどまるところを知らない。
そんな中、これまでの鮨業界の「常識」を覆しながら多様なスタイルで活躍する鮨職人にフォーカスする。

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第1回はフリーランスの鮨職人で、外国人を対象とした鮨体験やケータリングサービスを提供している岡林義明さん(26)だ。

海外を旅することが好きな岡林さん。大学在学中には世界各国を巡り、セブ島やガーナにも留学した。新しい事好きな彼はIT関連のベンチャー企業でインターンを経験し「シェアリングエコノミー」に出会う。興味にしたがって積極的に学び、体験する中で「自分にしかできない仕事がしたい」と考えるようになっていた。

大学3年生で取り組んだ就職活動は「自分に合っていない」と違和感を感じた。
型にはまることを好まず、人がやっていないことをやってみたいという志向の彼に、会社勤めはしっくりこなかった。進路に迷いを感じ始めたこの頃、偶然見たTV番組「カンブリア宮殿」で鮨職人を養成する学校があることを知る。

「鮨があれば海外にいけるし、面白そうだなと。」

「海外」「新しい」「人がやっていないこと」岡林さんの興味が一つに繋がった瞬間だった。

大学卒業後すぐに「東京すしアカデミー」(東京・西新宿)の1年制コースに入学する。学校で一通り鮨の基礎を学び「とりあえず」形にした。鮨は握れる状態になったが、まだ客の前で自信を持って見せることができるレベルではない。

そのため、鮨店で働こうと就職を考えるがその時にも「あ、また就活しているな」と思ったという。

「好きな事をして、楽しそうな事をやって。周囲の人が敢えて選択してこなかった方を選択してきたのに、これで鮨店に就職したら結局同じじゃないのかと思いました。」

この時初めて「鮨職人としてどう働くのか」を考えることになった。

実はこの時の岡林さんには、以前から温めていたアイディアがあった。

「すしアカデミーに入る前から、外国人に鮨を教えたいと思っていたんです。大学時代にインターンしていたのが、シェアリングエコノミーのサービスを展開している会社でした。例えばクッキーを作るのが上手い人が、自分のレッスンを1時間いくらという形でWEB上で販売する。特技を時間単位で売り出すんです。このサービスに興味があったし、僕自身も、新しいアイディアを形にするのが好きだったので自分のスキルシェアをやってみたいと思うようになりました。」

身につけた鮨のスキルを活かせる仕事として「鮨体験レッスン」を思いついた。旅行先でも日本人だと言うとよく「SUSHIを教えて」と頼まれたので、需要はあるだろうと考えた。その頃にAirbnb が「体験」をシェアするサービスを開始する事を知った。

やりたいことをやり、技術も上げたい

人に教えるなら自分の鮨のレベルも上げるべきだと思ったが、フルタイムで鮨店に就職すると別のことをする時間が取れない。できればパートタイムで仕事を続けたいと思った。思いの丈を正直に伝えたところ、当時働いていた六本木の鮨店は「やりたい事があるならうちはパートで続ければ良いよ」と岡林さんのキャリアを認め、応援してくれた。

「『自分でやりたい事をやりつつ技術をあげる』という夢が実現した。自分はすごい恵まれているなと思いました」

岡林さんは自身の幸運を振り返った。

それからの彼の行動に迷いはなかった。東京すしアカデミーの卒業生で既に鮨体験レッスンを事業にしている人がいたため、彼のレッスンに参加しイメージを掴んだ。「これなら自分にもできる」と手応えを感じた。自身のレッスンは中野にある自宅のキッチンで行うことにした。

公開3分で予約が

Airbnbのスキルシェアに掲載するには審査がある。プレゼンテーションでその人だからこそ提供できる価値が無いと通らない。岡林さんは英語で本格的な鮨を教えることに加え、参加者に中野の街を案内しながら一緒に散策するというサービスを付加した。オリジナリティある彼の企画はAirbnbから一発OKが出て、公開までトントン拍子に進んだ。

「サービスを公開して3分で最初の予約が入り『まじか』と思いました(笑)。最初のお客さんはアメリカからでした。Airbnbてすごいなって・・」

岡林さんが公開したサービスの注目度は高く、リアルタイムでは全世界で数千人が閲覧している。予約のほとんどが海外からだ。その後も彼の鮨体験レッスンは公開したらすぐ埋まるという事が続いた。一人につき6800円で週2〜3回の開催だ。丁寧に教えたいので1回につき3人限定としている。


ユーザーによる投稿写真
Airbnbで公開中の鮨教室

世界中から訪れたユーザーの岡林さんの鮨体験に対するレビューは4.9と非常に高い。「流暢な英語で本物の鮨を教えてくれる」など鮨のレベルに対する評価のほか、岡林さんホスピタリティに感動したという声も多い。


ユーザーによるレビューの一部

「職人・教室・ケータリング」3足のわらじ

現在の岡林さんは鮨体験の他に、職人として六本木の鮨店のカウンターで握る日もあれば鮨ケータリングで出張する日もある。ケータリングはもともと知り合いからの依頼に限定していたが、利用者からの評判を呼び、Facebookページなどからの直接予約も入るようになった。法人・個人向け両方に対応。料金も明確に体系化し利用しやすいサービスとして公開した。

2019年2月には、兄と共同経営の会社を立ち上げた。経営やマーケティングに明るい兄の協力のもと、これまでのケータリングサービスに「sushi+」というブランドを冠し本格スタートした。


高級出張鮨サービスsushi+

「もちろん、美味しい鮨を味わっていただく自信はあります。ですがそれ以上に、『好きな場所で好きな人と鮨を楽しむ』体験こそに価値があると思っています。」

普段はカウンターのお鮨屋さんに行けない人、大勢の仲間と鮨を一緒に時間を共有したいなど、様々なニーズに合わせて空間を提供している。これまでにオフィスに出向いて全社員が参加する親睦会やママ会、音楽イベントでの鮨ブースなど様々な要望に応えている。カウンターの鮨が味わえないような人たちに本格江戸前鮨という「体験」を提供している。加えて、お客の前で切りつけから握りまでのパフォーマンス。鮨にパフォーマンスとバリアフリーの価値を付加した、新しいサービスだと言えそうだ。

岡林さんの職人姿、演出する空間はとてもスタイリッシュだ。

既成の概念に囚われず鮨職人である自分を鮮やかに演出していく岡林さん。会社勤めでは経験できないパラレルワークを通じて自らの可能性を日々広げている。

文:sushitimes編集部