Apple・Amazonに通じる成功法則で「大成功」に導かれた市井の鮨屋 | SUSHI TIMES

Apple・Amazonに通じる成功法則で「大成功」に導かれた市井の鮨屋

AppleとAmazonの共通性

Appleはハードウェア屋さんで、Amazonは消費者向けネット販売の会社ですから、この2つはぜんぜん違う……と思うでしょうけれど、僕はよく似た会社だと思っています。Appleにはどん底の時代があり、Amazonも潰れかけのネット本屋でした。確かに”商売ダネ”は違います。でも、両者の向いている方向が、お金を出す消費者の満足度を高める方向に向いているという点で似ていると思うのです。

行き付けのお店って、みんなありますよね?行き付けの心地よい店は、あなたがどうすれ喜んでくれるか、心地よくいてくれるかをよく知っているお店と言えます。そんな行き付けのお店のノウハウを用いて、マーケットプレイスに参加するパートナーの商売を手伝い、そこから手数料を得る。そうした環境を整えるために、Amazonプライム会員などの手厚いサービスが展開されているわけです。

潰れかけの市井の鮨屋が、羨望を浴びる世界的一流店になった理由

蒲田──東京都でも山手線管内から外れた西の端にある、以前は中小の工場、最近はマンション街となっていて、高級鮨店からは縁遠い街──の駅から5〜7分ほど歩いた住宅街の入り口にある初音鮨に行ったとき、あまりに豪華なネタばかりで、しかも見たこともないような独創的な作り方の握り鮨ばかりが出てきて驚いたものです。当時、1万5000円であのコースが食べられたというのは、高品位な鮨ネタの価格高騰が進んだ現在、思い返せば夢のようなことでした。

実はその後、このお鮨屋さんは一昨年に2万3000円、昨年3万2000円、そして今年からは4万5000円とおまかせコースの価格を上げてきているのですが、それでもまったく客足が衰えていません。

それはなぜか。価格の上昇以上に、顧客が受ける価値が高まっているからです。

もともとは閑古鳥が鳴いていた市井の鮨屋が、2015年にSNSでの料理の発表を解禁すると、あっという間に評判が拡がり、今では1年先の予約までいっぱい。現在だと2020年の2月いっぱいまで席(年間約3000席)が埋まり、次回の予約開始は2020年1月というのですから、その人気ぶりがわかるでしょう。ずっと先まで食べられませんが、その分、”鮨貯金”できる期間は長くなりました(笑)

と、冗談はさておき、僕自身が”通える”ようなお店ではないものの、なぜこのようなお店が銀座や六本木など、お金を持ってそうな人たちが集まる街ではなく、蒲田にあるのか?

僕はそう疑問を持ち、この店を紹介してくれたワタナベエンターテインメント会長の吉田正樹さんに相談してみたところ、それならと初音鮨を経営するお二人──ミシュランガイドに二つ星で11年掲載され続けているお店ですが、昨年末までは”たった二人”で営業し、従業員を雇わない夫婦──を紹介してもらったのが、今回の書籍を書くことになった経緯でした(吉田さんには本のプロデュースもしてもらっています)。

初音鮨を経営する中治さんの話は、聞けば聞くほど信じがたい話ばかりでした。

「今夜は最高だった」「美味しい以外の言葉がない」。そうお客たちが大満足の笑顔で帰っていく”場を作る”ために、常識外れの原価率(そもそも原価率が何割かなど考えてもいなかったようですが)で、ただひたすらに”美味しい”を追求していたのです。

「カードローンを複数枚作って借金しては鮪代を払う月ばかりでしたよ」とご主人は笑うのですが、近海物の生に拘って鮪を仕入れるために(しかも冷凍保存は一切しない)借金をしてまで客に振る舞うなんてむちゃくちゃなことは、とても経営とは言えないかもしれません。

そもそも、いかに顧客満足を高め、たった二人だけでミシュランガイドで二つ星の掲載を獲得したとしても、蒲田まで高級鮨を食べに来るひとは限られていました。彼らが大ブレイクするまでには、土地柄に偏見のない外国人の鮨好きに認められ、そしてそのうちグルメ系口コミサイトやSNSで知られるようになり、そこから一気に人気に火が付いていくのですが、それまでに8年近い時間を要しました。

そのあたりの経緯は、是非とも「蒲田 初音鮨物語」をご覧になって欲しいのですが、結論としてご夫妻の話から感じられたのが、”顧客価値を最大限に高め、磨き込む”ことこそが、商品やサービスをヒットさせる要因なのだなということです。

製品やサービスの”風合い”は稼ぎ方で変わる

もちろん、広告を生業とするGやFも、提供するサービスの質を高めていかなければ、そのうち顧客は離れていくのですから、顧客価値の最大化という意味では同じミッションをもって動いていると言えるかもしれません。

でも、僕らが”感じたい”のは、機能ではなくフィーリングです。和的な言葉でいえば”風合い”というのが、もっとも近い感覚でしょうか。

ディテールにこそ魂が宿る。そんな部分の違いは、実は”稼ぎ方”、言い換えると”モチベーションの原点”がもたらすのかもしれません。ただひたすらに良い製品を、ただひたすらに心地よくお得に、ただひたすらに美味しさを。それらの追求に、人は価値を見いだすのでしょう。

新刊「蒲田 初音鮨物語」

出典:engadget

撮影:飯塚昌太