鮨~江戸前のシャリ
目を奪われる鮮やかな鮨ダネ、通称「ネタ」。
でも、寿司で重要なのはネタよりもシャリだ、と職人は口を揃えます。
シャリにひときわこだわる、中澤圭二さん(四谷「すし匠」)。
白酢、つまり米酢を混ぜて仕立てた白シャリと、色も味も濃厚な赤シャリです。
この二つのシャリが鮨の味の基準になると言います。
「ネタをシャリに合わせる」とは?
通を唸らせる江戸前の代表コハダを例に見ていきましょう。
白シャリには浅くしめたあっさりとしたコハダを。
赤シャリには塩と酢でしっかりしめたコハダを、それぞれ仕込んでいきます。
「シャリがまずあって、ネタをシャリに合わすように仕込むというのが、江戸前鮨の基本です。シャリはお店によって違うので、ネタを自分の所のシャリに合わせる。我々が魚に手当てするのは塩梅(あんばい)があるんです。塩をして欠点を抜き、酢に馴染むようにする。結局、「引き算」なんですね」
「引き算」が生む江戸の粋
コハダは煮ても焼いても癖が強い魚。
仕事をすることで初めて美味しく美しくなるため、職人の腕が試されます。
まず塩を振り余分な水分を出します。水分は魚の臭みを含むからです。
一見、塩を足しているように見えますが、塩で臭みを引き算しているのです。
こうして魚を傷みにくくし、熟成させる準備をしてくれる、塩。
でも、ただ塩を振れば良いという訳では無いそうです。
「(市場から)すぐ来たお魚をすぐたくさん塩を当ててがっつり寝かせたとしても塩とか酢は入ってずに熟成できないんですよ。
築地でお魚をうまく寝かせてくれるので、塩がすぐ入りやすくなって、そこから寝かせる方に走れるんです。」
「引き算」は魚河岸から始まっている
魚を引き算で仕立てるのは既に魚河岸から始まっていたのです。
なぜ、新鮮なままだと仕事ができないのでしょう?
築地の仲卸人に聞きました。
「塩にしても酢にしても入ってかないし、馴染まない。無理に劣化させてもダメなの。(仕込みが)早すぎると死後硬直したばっかりの状態だから、ぎゅうっとしまっちゃってるんだよね。」
産地から運ばれたコハダから体の滑りを取り、血を抜き、体を丁寧に洗い流します。
ここでも「引き算」。一晩冷蔵庫で寝かせると柔らかく身が戻り、仕事ができるようになるのです。
「引き算」の仕込み
さて、仕込みに戻りましょう。
臭みを取り除いたコハダを酢につけます。
40分後、ほんのりピンクからほんのり白く変化。
酢の味を足すのではなく熟成を促し、本来の味を引き出すのが目的です。
これを3日間寝かすことで、酸味と塩気の角が取れ熟成してまろやかな味に仕上がります。
赤と白の好対照が演出するコハダの世界観
しっかり「引き算」したコハダ。
皮に包丁を細かく入れ身の色をちらりと覗かせます。
褐色の赤シャリに合わせて、最後におぼろを一振り。
切れ目から覗く赤と、シャリの赤が響きあいます。
おぼろの黄色がコハダの風情を華やかに。
一方、こちらは小さなコハダを塩・酢とともに短時間でしめたもの。
あえてあっさりとした仕事を施して、白シャリに合わせます。
小さく身が柔らかいコハダは半身を3枚重ねます。
銀色に光る皮とシャリの清々しいコハダ。
赤シャリとはまるで違う世界が演出されています。
「鮨屋の粋は、旬であったり、一番大事な人とのふれあい。
それが鮨屋のよさでしょうね」
赤と白の好対照。
二つのシャリから発想して、客を楽しませる
最高のもてなしに仕立てました。
見事なコハダを前に気持ちが華やぎ、会話も弾む江戸前鮨です。