SUSHI TIMES

【すし 㐂邑】独学で“熟成”の技術を追究し、鮨の概念を覆す、唯一無二の鮨職人 〜後編〜

研究を重ねて培った熟成の技術で仕込んだタネに、調味料にも徹底的にこだわった酢飯を合わせ、独自の“鮨道”を歩む『鮨 㐂邑』。店主・木村康司氏が織りなす、一切妥協のない握りとつまみを目当てに、全国から鮨通が訪れる超予約困難店だ。今回は、ミシュランの二つ星に甘んじることなく、常に進化し続ける木村氏に、鮨へのこだわりや、職人としての生き方を語っていただいた。

前編はこちら

Pick up topics
1.料理人としての基礎を築いた、天ぷら店での半年間の修業
2.腐敗のメカニズムから逆算して作り込む、至極の熟成鮨
3.有名酒造からヒントを得て着手した、前代未聞の酢飯づくり


―――『すし 㐂邑』の代名詞ともなっている熟成鮨は、どのように誕生したのでしょうか。

マグロを売りにしようと思っても、この界隈にはマグロで有名な鮨屋で、当時は上野毛『あら輝』、奥沢『入船寿司』がありましたし、祖父のような仕事でコハダなどの〆物を売りにしても、銀座で食べることができたんです。そこで、私は白身が好きだったので、白身で何かできたら面白いなと、常々考えていました。

とにかく店が暇だったので、せっかく仕入れた魚を捨てるのも忍びなくて、たまたま腐りかけの魚を出刃包丁でまっぷたつにして食べたみたんです。脊髄の周りはもう真っ黒で、吐き気がするほど臭いけど、臭い中にも、いままで食べたことない味の濃さが残っていました。これが腐る寸前の旨みなのかと気づき、いろいろと勉強して腐敗臭など嫌な要素を取り除くことができたら、おもしろいなと感じたんです。

それからは、売れない魚を冷蔵庫において、ひたすら観察する日々です。魚は鮮度が良いうちに出すというのが従来の鮨屋の常識だったので、魚がどこからどういう状態で傷むのか、全く知らなかったんですね。心臓を残しておくと血の腐敗臭が強く出るので先に取り除くのがいいかなとか、自分なりに考えて、嫌な要素を取り除いていくようにして、いまの熟成鮨が生まれました。

―――熟成を行なう上で、魚の目利きはどのように行なっているのでしょうか。

私の中では、魚を見分けるのに6箇所のポイントがあります。その6箇所がすべて揃わないと熟成には向かないので仕入れません。例えば、魚なので実際にはないのですが、人で例えると僧帽筋のあたりの筋肉のつくり、魚体からの尾ビレの長さ、魚を横から触った時に肋をどう感じるか、顔が小さい、顔が少し上を向いている、口は閉じているといった感じで、その他にも細かいポイントはいくつかあります。これは、昔からつけている魚のノートに、一度買って失敗した際にダメだった理由をちゃんと見つけて書き込んで、もう一回買ってみて検証することを繰り返すことで学んだ独自の目利き方法です。

―――具体的には、どのような過程で熟成鮨を究めていったのですか?

完全に独学で、ひたすら腐るメカニズムから逆算して作りこんでいきました。熟成といっても、単に置いておけば美味しくなるわけではなく、熟成と腐敗は同一線上なんです。腐敗の原因は、一言で言うと血液と魚体が持っている水分。これは、魚に塩をして芯まで入れたあと、塩水で浸透圧を利用して塩を抜くわけですが、魚の状態や温度によって変わるので、塩が抜けないと干物になりますし、抜きすぎるとまた水分が入ってしまい腐敗が進みます。これをぴたりと決めるのには少なくとも3~4年はかかると思います。いまは魚の重みで上身と下身で状態が変わるので、ウォーターベットのようなところにおいて加重を減らしています。それから、トリミングも非常に重要で、何日目に何ミリ削るのかとか、魚によって細かいやり方がいろいろとあるんです。

こうしたやり方を確立するためには、ひたすら魚を買って実験するしかないので、もし熟成をしっかりやるなら、最初から何百万円分のロスを考えてやる覚悟が必要です。魚を10kg購入しても、最終的にお客様に出せるのは3kg程度になってしまいますし、寝かせている間は提供できないので、原価率もよくわからなくなる。自分の場合は武器が欲しかったので破産寸前まで投資してきましたが、もしいま、売れているならあえてそれをやらなくても…とは思いますね。ただ、それはそれでほかの武器は必要ですが。

―――現在のように、熟成鮨が主体になったのはいつ頃からですか?

最初は、当然お客様にすべて熟成鮨で出せる状態ではないので、江戸前鮨も出しながら、2~3貫食べたところで、「実はこういうのもあるんです」という形で試験的にお出ししていました。お客様も「へぇ、面白いね」という反応でしたが、熟成させた日数を言うとひく人が多くて…。4日目です、なんて言うと、売れていないから残ったものを出しているんだ、と捉えられることもありました。

完全に熟成鮨がメインになったのは、ここ4年くらいでしょうか。ミシュランの星を取ったときも、まだ新鮮な鮨ダネも出していたので。そこからは長期熟成の鮨を知ってもらうチャンスだと思い、2年くらいはとくに熟成鮨を際立たせるようにしていました。

その反面、熟成をやりすぎたことによって、ある程度の熟成期間を超えてくると魚が同じような香りになってしまうことに気づきました。そこで、それぞれの魚を際立たせるためには、あえて熟成期間の短い2番バッターも入れました。そして、若いけど美味しいね、と思わせておいて、熟成期間の長い3番、4番でホームラン、というようなコースの構成もきちんと考えるようになりました。4番でホームランが出ると、数か月経っても「美味しかった」という鮮明な記憶がお客様に残るんです。

ちなみに、いまの4番は、60日寝かせたカジキです。カジキの場合は30日くらいは簡単にいけるのですが、そこからが勝負。3番は、イサキなどですね。2~3週間寝かせて極限までイサキの旨みを引き出しています。

約60日寝かせたマカジキ


いろいろと勉強して腐敗臭など嫌な要素を取り除くことができたら、おもしろいなと感じたんです

有名酒造からヒントを得て着手した、前代未聞の酢飯づくり
―――『すし 㐂邑』は個性的なつまみも評判ですが、自由な発想の原点はどこにあるのでしょうか?

つまみに関しては、開業当時は長皿に八寸のように盛り付けたものをお出しして、次に焼き物という流れでやっていたのですが、ある時お客様に「つまみを八寸みたいに盛り込むよりも、1品ずつ分けて次々出してもらった方が、食べていて楽しいよ」と言われまして。1品ずつ出すようになると、つまらないものは出せないので、つまみもしっかり考えるようになりました。

例えば、季節によってさまざまですが、5〜9月で人気のアワビのリゾットやカニの塩辛、あとはスープ・ド・ポワソンをお出しすることもあります。カニの塩辛は、中国の酔っ払い蟹を見て閃いたものです。カニを生で食べる文化って、日本ではあまりないので目新しさを出せるのではと思いました。スープ・ド・ポワソンは、通常は捨ててしまう食材だけで作るのがコンセプト。魚の卵や内臓、野菜などを使い、味付けは残った酢飯で、酸味、塩味、とろみをつけています。骨から煮込んで何度も漉して、8時間もかけて仕上げるので、仕込めるのは体力のある時だけですね。これはフレンチを食べに行ったときに材料や作り方を聞いたら、鮨屋にはたくさんある食材ということに気づいて作ったんです。ただ、ワインとか洋風の調味料を使うと洋食になるので、日本酒などを使って和の限界点で作り上げています。

アワビのリゾット
スープ・ド・ポワソン

つまみを作る時間は、完全に脳みそのリラックスタイムです。鮨に関しては、ずっと考え込んでいるので疲れてしまいますが、つまみは考えるのが楽しいですね。鮨屋のつまみって、やはりどの鮨屋も似通ってしまいます。以前は、他の鮨屋でつまみを食べながら、うちも似てるな、と思っていましたし、自分自身が酒飲みなので、他と違うつまみがあったら武器になるな、と。それには、ジャンルを問わずいろいろ食べに行くことが重要ですね。インプットがないとアイデアも出ませんから。

―――いまや全国区で有名店となり、熟成鮨も確立してきました。今後は、どんなことに取り組んでいきたいですか?

実はいま、酢飯をガラっと変えようとしていて、2017年の9月頃から少しずつ実験をしているところです。きっかけは、九州の八女茶との出会いです。出汁のような濃厚な旨みがある八女茶と料理のペアリングの会に参加したのですが、正直、料理は美味しいのにペアリングが全然合っていませんでした。そこで、旨みと旨みは合わないと気づいたんです。ただ、最後のデザートだけは、八女茶の玉露と甘いデザートがぴったり合っていました。甘みと旨みは相性がいいんだな、と思った瞬間、八女茶がうちのカジキに、料理が酢飯に思えてきて。うちの酢飯は飯尾さんのお酢の甘味に頼っていましたが、さらに米の甘みを出すことでもう一段階上がるんじゃないか、と。

いま、うちでは浸水させずに米を炊いているのですが、少しずつ浸水させた米を混ぜるなど試行錯誤しています。そんな時に、新政酒造の佐藤くんが食べに来てくれて、「いっそうのこと蒸してみてはどうですか。酒米は蒸すんですよ」と言うんです。「蒸すと柔らかくなるでしょ?」と聞くと、「40分以内だと柔らかくなります。ただそれ以降だと柔らかくなることはないです」とアドバイスを受けました。

それには浸水が重要で、後日、その方法をメールで読み切れないほどの長文を送ってきてくれたんです。それなら、ここまで考えてくれたんだし、自分も米の甘みに気づいたのであれば、ちょっと一回やってみようと思いまして、特注のセイロをオーダーし、精米機も購入しました。それまでは羽釜で炊くのが一番だと思っていたんですけど、考えてみたら誰もやっていないだけで、これで米の甘みが出たら面白いな、と。酢飯が変われば鮨もガラっと変わるので、それを考えるのも楽しいですね。ただ、お客様に出せるようになるのは、あと2年くらいはかかると思います。

―――すごい職人魂ですね。木村さんにとって、職人として大事なこととは何でしょうか。

鮨屋で言うなら、私は目利きを自分でやらないと納得できないので毎日築地に行っています。仲買を信用しているし、いいものを落としてくれますが、100%じゃない。ただ仲買から買って仕込むのは、自分の能力を使わずに生きられますが、私はそういう職人ではなく、お客様に出すものは正々堂々と自分で選んできて、自分が作り込んだものです、と言える人間でありたいと思っています。

『美かさ』の大将もそうですが、毎日築地に行って、現場で情報交換をしています。土砂降りでも、買うものがなくても足を運んでいると、漁師さんを紹介してもらえたり、そこから産地に行かせてもらって船に乗せてもらえたりする。そういう経験があると、どういう想いで魚を釣っているかを知ることができるので、自分が魚を買う時にも、その魚を大事にしなきゃいけないという想いが出てきます。そういう漁師さんの想いものせて、お客様に美味しく出せるかが重要だと思っています。

〈大将からの一言〉
『すし 㐂邑』は、鮨屋として振り切っているところがありますので、海外の方や、初めて当店に来られる方に、先にお伝えしておきますと、鮨はマグロの握りだけではありません。その他のさまざまな魚も、鮨にすると美味しいです。鮨屋では上にのっている鮨ダネを強調されることが多いですが、私は、鮨とは「タネと酢飯のバランスを楽しむ食べ物」だと思っています。それが、鮨ダネと酢飯がくっついている理由です。その部分を分かってもらえるのが、「㐂邑の鮨」だと思います。一度、このバランスを味わいにご来店いただけると嬉しいです。これからも、よろしくお願いいたします。

出典:ポケットコンシェルジュ