SUSHI TIMES

「鮨屋なんて怖くない」知っておくべき客の心得10カ条

若者たちに客上手になってもらうべく、タベアルキスト・マッキー牧元さんが、食に関する知識から攻略法までお届けする連載。裏テーマは“青年よ、大志を抱け”。大変お待たせいたしました。今回は、「鮨屋が怖くなくなる、心得とマナーの話」をご紹介します。

外食力の鍛え方〜客上手になろう〜

みなさん、お寿司屋さんのカウンターの中、「つけ場」と呼ばれるすし職人が立つ場所に立ったことがあるだろうか。僕はある。

あるお寿司屋さんで、歴史などの講義をするため、立たせてもらったことがある。目の前に座られていたのは、初めて出会う十数人の方々だった。彼らや彼女らが寿司を食べ始めた時、鳥肌が立った。誰一人として素性を知らないのに、食べることに興味のある方とあまりそうでない方がはっきりとわかってしまったのである。

初めてつけ場に立った僕がわかってしまうくらいだから、何千人もお客様と接している職人が見たら、我々は丸裸ではないかと。以来、「寿司屋のカウンターでカッコつけてもしょうがない。食べることに集中して楽しもう」と思うようになったのである。

今回の心得とマナーもそうである。寿司屋のカウンターは公共の場であるから、他のお客さんに迷惑をかけないということと同時に、「ああこのお客さんはきっちりとした人だな」「スマートに食べられる方だな」と、すし職人から認めてもらうことが、より美味しい寿司を出してもらうことにつながるのである。

1. 出されたらすぐ食べる

寿司屋での大原則である。「つけ台」に握りが置かれたら、職人の手と自分の手がぶつかるくらいの勢いが、最良である。それが一番美味しく握り寿司を食べられるベストタイミングであり、こうして食べていると、寿司職人もリズムよく、気持ちよく出してくれる。

出されても、しばらく話をしていて、握りを食べない。それは食べる方の自由だ、という意見もある。しかし、それでは、せっかくすし屋さんに来て、お金を払っている自分の行為を台無しにしていることになる。損をするのは自分であるということを忘れてはいけない。

またある店では、順番に握りが置かれているのにもかかわらず、自分の前に握りが置かれる少し前に、トイレに立たれた方がいた。しばらくして戻って来たら、職人は一旦置いた寿司を戻し、新しい寿司を握って出した。

僕は心が痛んだ。

2. 写真問題

上の大原則を守るなら、写真は撮らない。僕も原則として、寿司屋と天ぷら屋では写真を撮らない。しかし今の世の中、写真を撮るなとも言えないだろう。だから握りが来る前に、撮る準備をしておいて、一瞬で撮る。そして素早く食べる。

ある店では、つけ台に置かれた握りを、角度を変えて撮り、さらに手で持ってから撮っている方がいた。これでは、大変勿体無い。いくら美味しそうに食べても、すし職人には伝わらない。

そしてたまには写真を撮らないで、寿司を楽しむ日を作ってみたらどうだろう。写真を撮った時とそうでない時の自分の感じ方の違いがわかると、よりすし屋に行くのが楽しくなるぞ。

3. カウンターは神聖な場所であると思え

カウンターは、すしや他の料理以外、基本は置いてはいけない場所である。だからよくカウンターの上に、スマホを置いてらっしゃる方がいるが、あれは大変恥ずかしい行為なのである。

あなたがすし職人だったと想像してみよう。丹念に仕込んだ魚と酢飯を、長年鍛え上げた技と心で握って出す。そのつけ台の周りが、寿司とは関係ないもので乱雑な光景になっていたら、どれほど気分を害すものなのか、想像してみよう。

せめて寿司屋で楽しむ二時間くらいは、スマホは電源を切ってカバンやバッグに入れておこう。それでもやむを得なく携帯せざるをえない時や、どうしても写真を撮りたい時は、マナーモードにして上着ポケットの中へ入れておくか、椅子に置いておく。カメラも同様である。スマホやカメラだけでなく、カウンターの上は何も乗せず、すっきりとさせておく。またどうしても携帯をいじらなくてはいけない時は、カウンター下でこっそりと。これが大原則である。

またごつい時計や指輪も外そう。カウンターを傷つけるからである。

4. 一人では行かない

初めての店は一人では行かない。一人で行くと、グルメガイドの調査員ではないかと疑われる。というのは冗談だが、実際そう想う人もいるらしい。

またずらりと並んだ常連客の間に、緊張した一人客がいると、どうしても雰囲気が乱れてしまう。職人もやりづらいだろう。よほどの上級者でない限り、初めての店には一人では行かず、二人以上で、できればその店の常連に連れて行ってもらうのが、早く寿司屋と馴染む方法でもある。

僕も30代後半の頃、どうしても行きたい寿司屋で常連も見つからず、一緒に行ってくれる相手も見つからず、一人で緊張して食べた思い出がある。しかし今になって振り返ると、あれはその店の雰囲気を僕一人で壊していたんだなあと、反省している。

また接待などで、三人で行く場合は、真ん中が上席である。

5. 二貫握ってもらったものを、シェアしない

さすがにこれをする人はいないと思うが、一応マナー違反であることを記しておく。

6. 隣の客に迷惑かけない

公共の場である。皆それぞれが寿司を楽しんでいる。袖振り合うも他生の縁とはいうが、基本は、(1)話しかけない。(2)大声で話さない。(3)肘を占拠しない。(4)もちろんタバコ吸わない。(5)人種、宗教、政治、痴話げんかなど食欲減退になる話をしない。(6)香水をつけない。

7. 他のすし屋の話をしない

最近寿司屋に行って思うのは、他のすし屋の話をする人が多いことである。「予約のとれないあのすし屋に行った」「あのすし屋はどうだった」、などと話している方がいる。

今日は、目の前の鮨を楽しんでいるのだから、他の店の話はやめて、その鮨を味わうことに集中しよう。他の店の話ばかりする人は、その店の料理を食べているのではなく、高価だとか希少、予約がとれないといった“情報”を食べるのが好きなんだなと思われる。店にとっては、決していい客とは思われない。

8. 符丁を使わない

シャリ、ネタ、ムラサキ、ガリ、アガリ、オアイソは、皆すし屋側の符丁である。かつては、客が使うものではないという不文律があった。僕も若い頃、「お愛想してください」と言ったら、上司にこっぴどく怒られたことがある。さすがにシャリ、ネタ、ガリは、もう一般的になっているので、使ってもおかしくないのではという意見もあるが、女性が使うときれいには聞こえない。僕はちなみに、ネタは発言する機会がないが、他は酢飯、生姜と言っている。

9. うんちくを語らない

昔は怖いすし屋のご主人が多くいた。「この鰺はどこのですか?」などと聞こうものなら、ぎろりと黙ってにらまれるか、「海からです」と言われたものである。同様にヘタにうんちくは語らない。あなたは一流ミュージシャンの前で音楽が語れますか?

10. 店主をなんと呼ぶか

呼び方を聞いていると「板さん」「大将」「親方」「マスター」などと、人によって様々である。大抵が弟子を持っている店主であるから、「親方」と呼ぶのだけが正しいのだが、親しくもないのに、いきなり「親方」と呼ぶのも抵抗がある。最近では、店主の名前が浸透し、若い店主が多いので苗字で呼ぶケースも多いようである。でも基本は常連にならない限り、あまり店主に呼びかけることはしない方がスマートである。どうしても呼ばざるを得ない時には、僕なら「ご主人」と声をかける。

【つけ場】 昔マグロの赤身の酸化を防ぐために漬ける醤油の木樽が置かれていたところから、漬ける場所→漬け場と呼ばれるようになったといわれている。割烹では板場。最近はカウンターと呼ばれることもある。

【符丁、符牒】
特定の業界や仲間内だけで通用する隠語。どの商売にも符丁はある。すし屋にも独特の符丁としてその他には、サビやナミダ→ワサビ。ギョク→玉子。 オテショウ→醤油を入れる小皿のこと。キズ→干瓢。 クサ→海苔 鉄砲→海苔巻きなど。 一般化した符牒として、ゲソ→イカの足。ヒモ→赤貝のヒモ。カッパ巻き。軍艦。ツメ→煮ツメ→煮詰めた甘辛い煮汁のタレ。穴子や煮蛤につける。煮切り→醤油の強い香りや塩気を煮切ってまろやかにしたもの。酒やみりんと合わせることもある。

筆者:マッキー牧元

(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ、テレビ出演。「味の手帖」「料理王国」「食楽」他、連載多数。鍋奉行協会会長。著書に「東京 食のお作法」文芸春秋刊、「出世酒場」集英社刊ほか。