巨匠2人の絆…ロブションを笑顔にした「次郎」の鮨 | SUSHI TIMES

巨匠2人の絆…ロブションを笑顔にした「次郎」の鮨

 8月6日にがんのため73歳で亡くなったフランス料理界の巨匠、ジョエル・ロブションさんは日本好きとしても知られている。特に、東京・銀座の 鮨 すし 店「すきやばし次郎」を愛し、30年以上にわたって鮨職人である小野二郎さん(92)との交流を続けてきた。ロブションさんを「唯一無二の存在」と呼ぶ小野さんに語ってもらった。

しゃりだけ握ってくれ

今年2月11日、東京・六本木ヒルズで開かれたイベントで料理の腕を競い合ったロブションさん(左)と小野二郎さん(ソニー・クリエイティブプロダクツ提供)

 初めて来店したのは30年余り前のことです。料理評論家の山本益博さんと一緒でしたが、にらみつけるようなおっかない顔でした。パリで鮨を食べたことがあり、「こんなもんだったら自分でも作ることができる」と思ったんでしょう。

 握りを2個食べたあと、しゃりだけ握ってくれという。2個続けてしゃりを食べ、「自分の食べた鮨とは違う」と感じ取ったのが、ご飯の温度だったようです。そして「私にはできない」と。しゃりが違うから鮨が違うとわかるんですね。

 <ロブションさんは、最高位の職人に与えられる「フランス最優秀職人賞」を31歳で受賞。1981年にパリに「ジャマン」を開き、84年には飲食店を星の数で格付けする「ミシュランガイド」で最高の三つ星を獲得。世界各地に店舗を持ち、ミシュランガイドの星を世界一多く持つシェフで、「フランス料理の神様」とも呼ばれた>

仕方なく食べたタコが…

 とにかく日本人の通つうと言われる人だってわからないことがわかるんですよ。冬場、新のりに変えたばかりのときも「今日ののりが一番おいしい」と言ってました。

 あるとき、タコを切って出したら、タコは嫌いだという。スペインで食べたのがゴムみたいだったから。仕方ないという表情で食べたが表情が変わり、「伊勢エビの香りがする」と言い出した。そこで「タコは甲殻類を餌にしているから」と説明しました。エビの香りがするなんてことをいう人はいない。「うちではタコの香りを出そうと、調理の仕方が違うんだ」と説明したら、納得していました。

 こっちは日本語しかわからないし、あの人はフランス語しかしゃべらない。日本語は「おいしい」ぐらい。けれど、言葉がなくてもちょっとした違いが通じる。あれだけわかると、うれしいのけたが違う。

「天国に一番近い席」

「初めて来店したときはおっかない顔でした」。ロブションさんの思い出を語る小野二郎さん

 鼻と舌が人とは違っていたね。しかもコンピューターみたいな速さでわかるんですよ。店内もよく観察し、どこに気を使っているかが恐ろしいほどわかる。

 店に魚の生臭さも酢のにおいもないのには本当に驚いていました。よほどだったのか、2回に1回ぐらい「どうしてだ」と言っていたぐらいですから。仕事に対して細かく、掃除ひとつにも厳しいらしい。そんな人だからよほど感心したんでしょう。

 来店するうちに、料理人がお客さんの食べっぷりを見ながら料理を作るのが本来の姿と思い始めたそうです。ある時、メジャーで椅子の高さやカウンターの幅を測っていきました。それが形になったのが、2003年にパリと東京・六本木ヒルズに開いたカウンター式の店「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」でした。調理場とホールは別々が当たり前の時代でしたから、当時のフランス料理店としては画期的だったそうです。

 来日の度に来て、座るのはいつも私の目の前。フランス語で「天国に一番近い席」と言っていました。こちらは緊張しつつ、ワクワクする。私がいいと思っているものは大概「もう一つ」と追加していました。

 機嫌が悪いときにもうちに来ると、にっこりする。帰るときには喜んでフワフワしているように見えました。

イベントで勝負挑む

 30年以上も来ていると、どこかで飽きちゃったりするんじゃないかと思ったけれど、来てくれてました。店が大きくなったから回数は減っていましたが。

 今年2月、六本木でイベントが開かれ、料理を一緒に作った時は、ウニなど食材を指定してきました。同じ食材で競おうとしていたんですね。でも、私は負けない。私のことを、90歳を過ぎて名前も売れているんだから、もういいじゃないかと言う人もいる。でも、仕事をしているうちは何事も勉強だと思っています。ロブションさんもこれでいいってことはない。互いに頂上なんてないんです。

「宝」だった時間

まるで宝石のような握り鮨。左からマグロ、コハダ、穴子(東京・銀座の「すきやばし次郎」で)

 ロブションさんは私の年齢を知らなかったようでした。米寿の時にそのことを言ったら、食べるのが一瞬止まった。まさか、そんなに年が離れているとは思っていなかったんですね。

 こちらだってあの人は20歳も年下だから、亡くなったと聞いて、ただびっくりした。亡くなるなんて、これっぽっちも考えたことがなかったから。

 最後に来店したのは、今年5月末。ずいぶんやせていました。「やせたね」と言ったら、通訳の方が「太っているから、やせろと言われた」と言っていました。

 お帰りになるときに、ちょっとほっとしてちょっとさみしい気持ちになるということもなくなっちゃうんですね。料理人同士、言葉を交わさずとも通じ合う。ロブションさんは唯一無二の存在であり、カウンター越しに向き合う時間は宝でした。

プロフィル
小野 二郎( おの・じろう )

 1925年、静岡県生まれ。65年に東京・銀座に鮨店「すきやばし次郎」を開店。2007年の「ミシュランガイド東京版」で、鮨店として世界初の三つ星評価を獲得し、星を守り続けている。世界中から著名人や食通が同店にやってくる。また、アメリカ人の映画監督が小野さんの日常を追ったドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」もある。

出典:YOMIURI ONLINE