SUSHI TIMES

江戸前アナゴ 口中でふわり アナゴ筒漁の漁師・斉田芳之さんが推す

日本一の味 次世代へ伝えたい

江戸前料理って何だろう。ぱっと思い浮んだのは銀座のすし、浅草のてんぷら。東京で食べるものだと思っていたが、「東京湾で取れた魚を使えば、東京以外でも江戸前だよ」。教えてくれたのは江戸前ずしに精通する食のプロ。日本が誇る食文化の奥深さに触れてみたいと、誘ってみた。

品川駅から金沢文庫駅まで電車で約1時間。横浜市金沢区の住宅街の中に、行きつけの店と紹介された「江戸前 山喜鮨(やまきずし)」はあった。お相手を引き受けてくれたのは八景島シーパラダイスのほど近くにある横浜市漁業協同組合柴支所の理事、斉田芳之さん(62)。40年間、アナゴ筒漁を営む漁師だ。漁協に集まるマアマゴは「江戸前アナゴ」として約8割が築地へ送られ、この店でも使われている。

山北宏明さん(右)からにぎりや巻物がのったすしげたを受け取る斉田芳之さん=横浜市金沢区町屋町の「江戸前 山喜鮨」

午後1時半。テーブル席に座ると、斉田さんは迷わず「いつもの」。常連らしく一言で注文した。若いカップルから年配の方まで訪れ、注文の電話も頻繁に響く地元の人気店だ。酒は飲まないという斉田さんはウーロン茶。「遠慮しないで」との言葉に甘え、昼からビールを頼んだ。

アナゴは6月中旬~9月初旬が旬。この時期、脂が乗って体が金色がかった「金アナゴ」がよく取れる。ハゼやメゴチ、カニなどを食べて育ち、頭から尾びれまで太くなるという。「季節によって脂の乗りが違うから、味も変わる。だから一年中飽きない。飽きたら取ってないよ」と大きく笑う。

アナゴ講座に耳を傾けていると、すしげたにのったにぎりと巻物がやってきた。量が多めの「菊1.5」は、茶わん蒸しとみそ汁も付いて1800円(税別)。ネタはマグロやアジのほか、柴漁港(横浜市金沢区)で水揚げされたマコガレイやヒラメ、タチウオもある。「地元の食材を使ってくれるから、うれしいよね」。身が厚く、しっかりとした歯ごたえと甘みがある。

江戸前アナゴのにぎり

あれ、でも……。「出来たてが出てくるよ」。食べ進めると、お目当てが小皿にのってやってきた。とろっとした甘ダレでてかった1貫のアナゴずし。そのままパクリ。口中でふわりとほどけ、脂が広がってしみじみうまい。思わずうなると、「いやー、うれしいね」。真っ黒に焼けた顔が緩んだ。

「一貫仕上げるのに1時間ほどかかります」。店の2代目、山北宏明さん(36)に手順を聞いた。開いた身を湯引きして生臭さを除いたら、しょうゆや砂糖、みりんなどと煮る。そこにアナゴの頭と骨を煮出して取っただしを足していく。味をよく染み込ませるために、一度冷ましてからまた煮詰める。最後に香ばしさを出すため、表面をあぶる。アナゴのうまみを最大限に生かした珠玉の一品だ。

近年、海外産のマルアナゴやクロアナゴを使う店が身近になってきた。「甘みやうまみ、身の柔らかさは江戸前アナゴの方が上」と斉田さん。だからこそ、「子どもたちには本物を食べて欲しい」と熱っぽく語る。10年ほど前から都内や地元小学校から年間約1500人の子どもたちを受け入れ、アナゴ漁の資源管理について伝える。地元小学校には給食用にアナゴを提供。若者にも味わってもらおうと、組合として「アナゴ丼」を味わえる店を漁港で始めた。

「江戸前アナゴは日本一だと思っている。多くの人にこういうお店で食べてもらって味や文化を伝えて、次世代に受け継ぎたい」。江戸前料理を支えていたのは、ひたむきな熱意だった。

 (金山隆之介)

 ●江戸前 山喜鮨(電話045・701・3969)

 住所:横浜市金沢区町屋町19の9

 営業時間:ランチ11:30~14:30(ラストオーダー14:00)

      ディナー17:00~22:00(ラストオーダー21:30)

 定休日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)

 昼の平均予算:1500円

習性生かしたやさしい「筒漁」

地元で700年続く、漁師の家に育った。大学卒業後、父に憧れて23歳で漁師に。斉田さんは「何代目なんだろうね」と笑う。底引き網船で3年間修業した後、船を持ってからは「アナゴ筒漁」一筋だ。

操縦する漁船「第六金亀(きんき)丸」の上で、漁具の筒を手にする斉田さん=横浜市金沢区柴町

漁具は太さ約10センチ、長さ約80センチの塩化ビニル製の筒を使う。入り口には返しが付き、中のカタクチイワシを食べに入ると、出られない仕組みだ。「ストレスを与えると身が硬くなる。習性を生かしたやさしい漁法なんだ」

毎週月曜と金曜の未明から夕方にかけて東京湾に600本の筒を30メートルおきに仕掛け、火曜と土曜に引き上げる。一度の漁で平均約500匹。「予測通りにおいしい元気なアナゴが取れたときは最高にうれしいよ」。混獲するヌタウナギやウツボの量やアナゴの色やツヤから湾内を泳ぎ回るアナゴの動きを読み取り、より多く取れる漁場を探る。

一方、資源保護にも努めてきた。20年以上前、アナゴの漁獲量が減る中、出荷サイズ(全長35センチ以上)未満の幼魚も水揚げされていた。目をつけたのが筒の表面に並ぶ直径9ミリの水抜き穴。自身の船を使った県水産技術センターの実験によって13ミリ以上にすると幼魚が穴から逃げることを突きとめた。

1998年、神奈川県あなご漁業者協議会は「13ミリ以上」を基準に設定。翌年、翌々年には千葉と東京の漁業者も続き、東京湾全体に広まった。斉田さんは「価値観をみんなで共有できたことはすごく大きかった」と振り返る。

斉田さんが語るアナゴの生態

 
<みんな仲良し>

肌を寄せ合うと、安心するみたい。筒の中に7~8本いればいいほうなのに、自己最高で20本いたことがあった。考えられないほど、ぎゅうぎゅうだったよ。

<とっても大食い>

7~10センチあるカタクチイワシをのみ込んじゃう。さばくと多いときはイワシが3、4匹残ってる。自然界ではエサなんてそうないじゃない。死ぬ気で食べる。でも結局、消化しきれず少しはいちゃう。

<産卵場所ははるか遠く>

沖ノ鳥島の南まで行って卵を産む。何をたどっていくのかまだ判明していないけど、生まれた場所を記憶している。すごいと思わない? 稚魚は泳ぐ力が弱いから黒潮に乗って東京湾まで戻ってくる。

出典:朝日新聞デジタル