SUSHI TIMES

魚河岸ものがたり/カツオ

 《目には青葉 山ほととぎす 初鰹(がつお)》

秋の「戻りガツオ」の方が脂ののりはいい。だが、ルビーのように深く透き通った赤身の初ガツオは、本来の渋くてコクのあるうまみ、それに持ち味の軽やかな香りがたまらない。初ガツオと戻りガツオでは、新緑と紅葉、桜と菊ほど違うと言い、初ガツオしか握らないすし職人もいる。

カツオは目利きが難しい。新鮮で姿形が魅力的でも「ハズレ」がある。同じ船で同じ日に釣り、見た目が同じでも、当たり外れがある。割ってみなければ分からない難しい魚だ。

すし店「大塚高勢(たかせ)」の外山義晴さん(57)が、仲卸「丸利(まるとし)」で、「ダンベ」という平形の大型冷蔵庫をのぞき込んだ。お目当てはカツオ。だが店の中島強さん(30)は「悪い。きょう、ないわ」。ダンベにカツオはゴロゴロあるのに――。

カツオをさばく仲卸「丸利」の中島強さん

「あの人に変なものを持たせたら叱られちゃうからね」。一級品ではダメ。特級品しか売らないそうだ。

翌日。「きょうのはいいよ」。中島さんは自信たっぷりに口ひげをなでた。だが「ちょっと待ってて」。ダンベの中のは売らず、1匹、もう1匹とさばき始めた。2匹目。「うん」とうなずくと、腹側の半身を包み、外山さんに手渡した。

「これと、これ。違うでしょ」。2匹の半身を見比べると、弾力、ルビー色の鮮やかさ、赤身から皮ぎしの脂へのグラデーションがまるで違う。

別の客がやってきた。先ほどから何度も店先をのぞいていた客だ。いま、外山さんに渡したカツオの残りの半身を持って行った。
中島さんによると、常連でない客は、そうやってダンベの魚が入れ替わるのを待っているそうだ。「あの人も目利きだね。いいのを持ってったじゃない」

出典:朝日新聞デジタル