SUSHI TIMES

お鮨屋さんで「おどり」って何のこと?

お鮨屋さんで「おどり」って何のこと?

お鮨好きの皆さんにとっては簡単な質問ですね。「おどり」はお鮨屋さんで使われる隠語で、車えびのにぎりで活きたまま握ったもののことです。車海老が踊るように動くことからこう呼ばれます。生きたままの寿司ダネ全般のことを指すこともあるようです。

出典:錦寿司

さて、車海老は活きたまま握る場合と、ボイルして仕込んだものを握る場合があります。果たしてどちらが本来の姿なのでしょうか。
鮨職人のバイブル「Sushi(鮨)」の著者で昭和40年代に寿司職人をしていた長山一夫さんのブログにそのヒントが隠されているので一部を抜粋してご紹介します。

イマドキ「天然」車海老を使っているのは天ぷら屋と鮨屋だけ?

車海老は世界各国で使われる人気食材ですが、外食産業が発展する中で、主に中華料理などでは冷凍の海老が中心です。日本料理の世界でも例外ではなく、原価を落とすためにじわじわと判りにくいところから手抜きを始め、結果的に海老の品質も落としていくような状態となってきていたようです。天然物から養殖物へ、さらに中級から下級な養殖物へ、活けの車海老から上がりの車海老へ、上がりから冷凍物へと下降転化されていきました。

このような状況の中で例外的な存在は、一部の良心的な天婦羅屋と、鮨屋でした。天婦羅屋と鮨屋は、そのお客さんたちをも含めて、国産の車海老の旨さを熟知していたからです。熟知していたら、手抜きは出来ないでしょう。では、江戸前のすしネタの中で、車海老はどのような存在価値と位置を占めているのでしょうか。

車海老と江戸前鮨

車海老はネタケースの中で、その鮮やかな朱色とあいまって際立って美しく、華麗に映えています。それゆえに、車海老は派手な姿形が主役となってしまい、最も大事な旨さの世界が従となってしまったのではないでしょうか。見栄えをよくするためにだけ使用されるという、不幸な状態に陥ってしまったのです。

昭和40年当時、すし屋の車海老の仕事とは朝一番に仕入れてきた車海老を、串を打ってボイルし、殻を剥いて開き、立て塩で洗い、薄い甘酢に漬け、その後、ざるに並べて水気を切る、ということでした。この全ての仕込みを終えてからネタケースに並べます。それを注文に応じて握っていったものです。時には消えてしまった甘みを再び加味するためにおぼろを挟んだりもしました。当時全盛であった出前用の冷凍のメキシコ海老も同じように仕込んでいきました。活きている「おどり」の車海老は、活きたまま躍り食いするためのものであり、それがまた江戸前すしの粋であるという風潮がありました。

そしてある時、気が付いた時には、すし屋のカウンターで、自分のお好みで食べるお客さんの中に、ボイルされた旨い車海老を注文する人がほとんどいなくなってしまっていたのです。これは当然のことでしょう。すし屋の車海老が少しも美味しくないからです。戦前、戦後すぐの、輸送が悪く、冷蔵設備の無い時代の仕事が延々と引き継がれてきていたのです。ボイルし、仕込みをし、相当な時間の経過と共に、冷蔵庫で冷やされた車海老が旨いはずがありません。海老、蟹、シャコ等は、ボイルしたてが旨いのです。後は時間との勝負。時間の経過と共に、甘さ、旨みが落ちてゆくのです。一人前のすし、出前のすしの中では、旨さは二の次で、彩りのためだけに入れられることになってしまっていたのです。ここには、車海老の旨さを最高の状態で愉しんでいこうという美味の追求の姿勢が全く欠けてしまっていました。

車海老と甘海老

以前、私の店では北陸、北海道の甘海老も使用していました。昭和50年頃より築地に入荷し始めた甘海老は、すでに一世を風靡し、その流行は、海老の王座の位置を占めるほどに至っていたようです。人気は明らかに車海老を上まわり、海老のお好みの注文は、ほとんど甘海老を意味しているまでになっていた。しかし、両者を公平に比較してみれば、車海老は、握りすしとの相性もよく、甘みも香りも、身質の締り、ふくらみの旨みも色彩も、全ての点で甘海老に勝っていることがわかります。車海老の旨さ、凄さをあらためて、さらにもっと知ってもらわなければならないではないか。以後、本物の車海老の旨さを追求し、認めてもらうために、当店では、甘海老の使用を止めることにしました。

車海老の旨さの捉え方

活きてぷりぷりしたヤツの躍り食いが旨い。この躍りを、熱湯の中で、速やかに、身肉の中心がホンの少し生である状態に茹であげると、殻の中で身肉は弾けわたり心地よい歯応えが生じてきます。さらに一層甘みが引き立ち、豊満な車海老の香りまでが立ち上り、旨さが倍加されてきます。では、この車海老の旨さを握りすしの中に、忠実に再現しさえすれば、お客さんが、立食のお好みで積極的に注文してくれるはずだ。そのためには、なにをしたらよいので消化。

車海老の握りの旨さのために

本当に旨い車海老を仕込むなら、こんなことにこだわりたいもの。

1、活けの天然の車海老にこだわる。
2、おが屑の中に入れられて来る、活けの天然の車海老は、そのままおが屑の中に入れておき、生け簀は使わない。その日のうちに消費することを原則とする。生け簀の利用は使用サイクルを長く、ルーズにさせ、海老を不当に痩せさせ、不味くさせるだけ。 
3、注文されてから、おが屑の中からビンビンに活きているヤツを取り出してボイルする。
4、塩と酢を少し落とした熱湯の中で、すばやくボイルをする。ボイルはミディアムレア。
5、熱々の中ですばやく殻を剥き、アツアツの状態を速やかに握って出す。
6、まだ温度のある内に、醤油、または天然の塩で食べていただくようにする。温度は旨さ、甘さの大きな味方である。他の余計な事は一切やらない。
 
たったこれだけのこと、こんな単純なことが車海老の旨さの全てなのです。

鮮度と旨さの追求

車海老の旨さは、鮮度が勝負。活きているヤツを、茹でたてで食べると旨いのです。そのためには、車海老の仕入は、全て活きている躍りを仕入れる必要があります。活け造りブームの中で、飲食店は自分の店の生け簀の中で魚を泳がせ、見世物にすることを店のシンボルのようにするようになりました。しかし、生け簀の中で生かされている魚は、身が痩せてしまう可能性も多々あり、決して旨い状態の魚とはいえません。これは、車海老にもいえることです。産地で、おが屑の中に入れられ、輸送されてくる活けの車海老は、店の生け簀の中に入れてはならない。おが屑の中で生きているその日の内に使いきるのが旨さの保持の秘訣です。

天然の車海老の大きさのばらつき

車海老は、サイズによって、サイマキ、マキ、クルマ、大クルマと名前を変える。
◎サイマキ~体長10センチ以下まで。
◎マキ~15センチくらいのもの
◎クルマ~20センチくらい
◎大クルマ~20センチ以上

養殖の海老と違い、天然の車海老は、サイズがばらばらである。天婦羅にはサイマキ、握りすしにはクルマが最適の大きさであるといわれる。しかし、天然物を追いかけていくと、ほとんどの時期、クルマと大クルマの中間ぐらいのサイズになってしまうことが多い。一口では少し無理で、二口で食べる位の大きさの握りすしになってしまうのである。これは、従来の考え方からするとちょっと辛いのであるが、しかし、結果的には身肉の見事な甘さと香りと、その量感を十分に味わい愉しむことが出来ることになりました。

かくして、少し大きめの天然の車海老の躍りを、注文を受けてから半生強の状態に茹で、熱々の内に握るという、車海老の旨い食べ方としては最も理想的な方法を追いかけられるようになったのです。お頭は、たっぷりの塩の上で、殻が白っぽく変色するまで、じっくりと焼く。殻ごとぱりぱりと食べられるようになる。殻の香ばしさ、鬼がら焼きの旨さを倍加させてくれます。

出典:江戸前鮨仕入れ覚書 第5章 車海老