「寿司屋の修行」の今。「信用」を得るための10年か「効率」を重視した1年か | SUSHI TIMES

「寿司屋の修行」の今。「信用」を得るための10年か「効率」を重視した1年か

日本食の王道といえば「寿司」。海外でもポピュラーになった寿司ですが、江戸前の高級寿司から1皿100円程度で楽しめる回転寿司まで、食べる人のニーズに合わせて変化してきた食べ物と言えるでしょう。それに伴って、実店舗での厳しい修行のほか、最先端のツールを駆使した専門学校も登場し、修行のあり方も変わってきています。今回は、変わりゆく「寿司屋の修行」について、実店舗での修行経験も豊富で、現在は東京すしアカデミーの講師として多くの職人を育成している村上文将さんにお話を伺いました。

一生とも言われる寿司屋の修行

“シャリ炊き3年、合わせ5年、握り一生”などと言われますが、職人のもと「実店舗」で下働きを何年も務めるなかで、親方や先輩の技を盗むのが寿司屋の修行の王道です。10年以上に及ぶプロセスです。最初は皿洗いや雑用から始めて、魚を初めて触らせてもらえるのに弟子入りから3年、握りをお客様に出せるようになるまでに5年以上かかることも普通だと言います。長い時間のなかで、数え切れないほどの種類の食材を目の当たりにし、そのひとつひとつの調理方法や盛り付けなどを細かく勉強できます。

対して、近年注目を集めているのが「専門学校」です。カリキュラムをクリアすることで数週間から1年弱でひと通りの寿司を握れるようになります。メリットは、短期間でスキルが習得できることです。入学後すぐに実習に入ってノウハウ面の習得ができます。入学直後から魚に触るのも当たり前で、アジやエビなどの定番ネタを扱うところからはじめ、魚の選び方・捌き方・握り方・衛生技術といった寿司職人に必要な調理技術のひと通りを、体系的・合理的に学習することができます。

実店舗と専門学校の違いは?

修行期間の長い・短いの違いがあることは簡単にご紹介しましたが、他にどういった点で違いがあるのでしょうか。

【実店舗】
・特長:「伝統」を受け継ぎ、「信用」が得られる。
・人材:若手の入門が基本。
・スキル:時間をかけて、色々な食材に触れたり、多くの調理方法が学べる。ただ、食材や食器など使っているものは高価なものが多いため、ダメにしてしまった時のコストが大きい。
・メンタル:入門時点で覚悟を決めてくる人が多い。10年以上続く修行で自然と忍耐力も培われる。
・教育・勉強方法:すぐには教えてもらえない店もある。親方や先輩の技術を自分の目で盗み、閉店後などに自腹で食材を買い込んで練習に打ち込む。
・お金:お給料がもらえる。(店によって異なるが、20代前半で年収230万円程度が一般的)

何と言っても有名店で修行を積むことは、職人としての箔につながります。昔ながらの暖簾分けの制度が残る店舗では、独立する際のアドバイスだけでなく開業資金の援助をしてもらえる場合もあります。

【専門学校】
・特長:時代に合わせて「進化」するカリキュラムで、「効率」的にノウハウを習得できる。
・人材:年齢や性別もさまざま。会社員や公務員などを経て入学する人や、他業種でシェフをしている人、飲食店のオーナーなども。
・スキル:基本的な内容だけでなく、海外での独立開業なども考慮した内容を教えるところも。実習用に用意された食材を使えるので、失敗してもリスクが低い。
・メンタル:色々な考え・心構えの人がいる。スキルアップやビジネスチャンスを狙う向上心の強い人から、学校や親に勧められたことがきっかけで入学する人も。
・教育・勉強方法:複数人の講師でブラッシュアップを繰り返して作り上げたメソッドと、iPadやYouTube・Skype・SNSなどの最新デバイスやツールを駆使ながら、効率よくノウハウを勉強する。費用を払っている分、材料などを用意してもらえる。
お金:学費として支払う(1〜3カ月のコースで30万円~70万円程度の設定が多い)

学校によっては開業希望者のために、店舗経営に関する講義や、海外進出を視野に入れた英会話レッスンなどのオプション講座を開講しているケースもあり、カリキュラムも多様です。

周りの人が職人を育てる

場所や方法論の違いはあれ、周りの人との交流によって寿司職人は成長します。実店舗での修行では、親方や先輩との上下関係が発生し、”筋を通す”ことが求められます。考え方の合わない人でも、耐えて教えを乞うことで自分の成長へと繋げるのです。職人によって、得意・不得意だけでなく、教え方や考え方も違います。厳しい口調で指導する人もいれば、優しく丁寧に教える人もいたり。人間力・忍耐力も養われる環境と言えるでしょう。

加えて、実店舗では、客あしらい(接客)の基本が身につきます。寿司店には、カウンターの職人とのコミュニケーションを楽しみに来店するお客様も多いです。カウンターのお客様に合わせた会話力や、高級店であれば客の腹具合や好みを瞬時に見抜いてシャリやネタの大きさを変えるといったスキルも重要です。このような臨機応変な客あしらいは対面接客を数こなすのが一番の近道です。

専門学校では、お客様を意識する機会が少ないため、こうした現場力やコミュニケーション能力を培う取り組みが求められます。実店舗での修行を選んだ人でも、数店舗で経験を積んでから独立をすることが多いですが、専門学校では直営店や研修協力店を短いスパンで回って店それぞれの違いを感じられるように工夫しています。

また、専門学校では”同期”ができます。年齢や考え方が違う人たちが集まることで、お互いが刺激しあって高め合う環境が生まれるのです。利害関係のないつながりが作れるのは、学校ならではと言えるでしょう。先生は、ノウハウをわかりやすく伝えることに加えて、生徒同士のコミュニケーションを活性化させる役割も担います。

卒業後でも交流を深める関係が、生徒-生徒や生徒-先生で生まれます。またOB・OGのコネクションも活用できる学校が多く、特に海外で活躍している職人と繋がるチャンスは、実店舗よりも多いでしょう。今ではSNSを使って、リアルタイムで情報交換が行われています。こういった革新的な面は専門学校の方が一枚上手かもしれません。

何を優先するかを明確に

専門学校の登場で選択肢が増えました。しかし、どちらも一長一短であるが故に、どういった職人になりたいのか・どういった店で働きたいのか…など自分のビジョンを明確に持って選択をすることが大切になったと言えます。実店舗の特長として「伝統」や「信用」、専門学校の特長を「進化」や「効率」と書きましたが、自分のビジョンにどちらが適うのかを考えてみるのは大事でしょう。

また、どちらの選択をしたとしても、トライアンドエラーの繰り返しが大切です。修行する当人は失敗を恐れずチャレンジをすることが求められます。任せられるだけで嬉しい気持ちになりますし、また成功するとそれが自信になります。こういった小さな積み重ねが、どちらの修行プロセスを選んだとしても、楽しく修行をするコツでしょう。だからこそ、修行をさせる側の人は任せてやらせてみてしっかりと講評をしてあげる必要があります。これはどんな仕事でも言えることではないでしょうか。

出典:はたらいくノート

(取材・執筆:田中利知[ネイビープロジェクト])

[取材先プロフィール]

東京すしアカデミー 主任講師 村上 文将
すし屋に生まれ、懐石料理店やすし店での勤務を経て、自身でも創作料理店の経営を経験。
また、タイ・バンコクにて料理指導にも当たっており、様々な経験を元に行う、きめ細やかな指導に定評がある。
所在地:東京都新宿区西新宿8-2-5 新宿ウエストビル4F
HP: http://www.sushiacademy.co.jp/