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伝説の寿司職人が不利な条件の「ハワイ」で成功できた理由 ~『旅する江戸前鮨 「すし匠」中澤圭二の挑戦』(一志 治夫 著)を読む (後編)

アメリカ、ハワイなどで成功したすし職人中澤圭二氏を紹介した書籍「旅する江戸前鮨 『すし匠』中澤圭二の挑戦』(一志 治夫 著)」のレビュー。

前編はこちら

地元の素材を生かす工夫から「究極の味」が生まれる

本書には、著者の一志氏が2016年12月に「すし匠ワイキキ」を初めて訪問した時のエピソードも掲載されている。口絵には、中澤がこの時に握った鮨のカラー写真もある。

例えば「オノの昆布締めの握り」。ハワイ産オノ(カマス、サワラ)の腹の部分を昆布締めにし、漬けにし、塩昆布を乗せて握られている。写真で見る限り、外見は日本国内の鮨店で出される江戸前鮨にそっくりだ。だが、実は日本の鮨とは異なるひと手間が加わっているのだそうだ。オノをはじめハワイ産の魚は日本の魚より味が薄い。そのため、塩や昆布での味つけが強めになっている。また、箸休めに「ハワイ産ヤシの新芽と新ショウガ」が出てきた。これは日本では、「ガリ」に当たるものだ。しかし、ハワイではガリにする新ショウガを手に入れづらい。そのため、新ショウガにヤシの新芽を混ぜることにした。すると、その味が評判になり、「すし匠ワイキキ」の定番メニューになったのだという。一志氏がハワイで堪能した中澤の鮨は、ハワイならではの素材の魅力を最大限に引き出したものばかりだったそうだ。どれもハワイでしか食べられない究極の味だった。

椰子の新芽、パルミットの角切りです。ガリ代わりに食べます。上に乗っているのは普通の新生姜
ハワイ産モイ。かつてハワイの王族しか食べられなかったというモイ。米を蒸して、麹を入れ、2週間の発酵を経て、仕上げる。シャリは、赤、白を用意しているが、モイでは赤シャリを使用
サンタバーバラ産ウニ。肉厚なウニは蒸しでいただく。食感を残した仕上がり
中華の手法を使い、紹興酒に漬ける。酔っぱらいロブスターとも言うべき、新たな一品

中澤は、日本にいた時には、数多くの優秀な鮨職人を育てた。四谷「すし匠」で中澤の薫陶を受け、現在は独立して江戸前ずしの有名店で活躍する弟子たちがたくさんいるのだ。その中に、佐々木啓仁がいる。中澤の初期の弟子で、現在は秋田「すし匠」の店主だ。
佐々木は「すし匠ワイキキ」で中澤の鮨に衝撃を受け、「ああ、俺は、何も考えてない」と嘆く。そして帰国後、自分の店では極力、秋田の地元産の食材を使うことにした。

それからしばらく後に、一志氏が秋田「すし匠」を訪れた。すると、秋田沖で取れたサワラと赤シャリの握りから始まり、クエの切り身など、秋田産のネタをふんだんに使用した4品が冒頭から続いて出てきた。これは「すし匠ワイキキ」でハワイ産のネタがしょっぱなから4品続いたのと同じだった。

中澤が恵まれない環境でチャレンジを続ける姿に、弟子たちは刺激され続けている。中澤のスピリットは着実に受け継がれているのだ。

管理職になって現場を離れても、異なるジャンルであなたのスキルは生かせる

ところで、ビジネスパーソンは、現場である程度キャリアを積んだ後に管理職になることが多い。どんなに特定の業務で専門スキルを発揮していたとしても、現場を離れなくてはならなくなるものだ。本稿の冒頭で紹介した私の父も、送変電設備の保守を行う子会社の役員になり、現場の設計業務からは離れていた。だからなおのこと、自宅の改築などに真剣に取り組んでいたのだろう。

現場に未練を残さず、管理職として後進を育てるべく気持ちを切り替えるのもいい。だが、もしチャンスがあるのならば、思い切ってこれまでとは異なるジャンルで、自らの技術やスキルを役立てる道を考えてもいいかもしれない。自らのスキルを違う環境や素材に適用することで、中澤のハワイでの挑戦のように、新しい分野のイノベーションにつながるかもしれない。きっと、あなたのスキル自体も磨かれることだろう。さらに、その姿が後輩たちの励みにもなる。

本書からは、職種や業種を問わず「職業人」としての生き様を追求するヒントが得られるはずだ。

(文/情報工場シニアエディター 浅羽登志也)

出典:ダイヤモンド・オンライン
画像出典:東京カレンダー ANAとマイルのパパじゃない