日本の「寿司」はなぜ地域でこんなにも違うのか
すし。言葉にすると同じなのだけれど、こんなに違う。
そうため息をつくばかりの、お腹が空いてくる、旅をしたくなる、『すし』という本がある。
『伝え継ぐ 日本の家庭料理 すし』
(一社)日本調理科学会 企画・編集 (著)、農山漁村文化協会、128ページ、1600円(税別)
全国いろとりどり、工夫さまざまの写真が並ぶ様子は壮観だ。なにしろ企画・編集を担ったのは50周年を迎えるという日本調理科学会。こちらの会員(大学・企業・公共機関などの研究者1300名ほど)が47都道府県の聞き書き調査を行った上で、実際につくっているというのだから最強である。
この『すし』は、「本」と書いたが、雑誌「うかたま」の別冊で、B5判変型、全128頁カラーなので、華やかだ。目次構成は「ちらしずし・ばらずし」「巻きずし・いなりずし」「にぎりずし」「葉のすし」「押しずし・箱ずし」「姿ずし」で、それぞれ80品がそこに分類されて、一品ごとに美しい写真と共にレシピが1ページ、ないしは2ページほどで掲載されている。
東はちらしずし 西はばらずしやまぜずし
「すし」冒頭、「ちらしずし・ばらずし」はこんなふうに始まる。
“さまざまな具を混ぜたすし飯の上に具を飾るすしを、主に東ではちらしずし、西ではばらずしや混ぜずしと呼びます。”
トップバッターは、表紙にもなっている岡山のばらずしだ。江戸時代に、宴席の食事を一汁一菜に制限した藩主の倹約令に対して、町民がすし飯の中に具を隠して混ぜたとか、たくさん具が載っていても「一菜です」と言い張ったとか。いまでも宴席のための岡山の代表選手だそうだ。具は、季節によって鰆や穴子、藻貝(赤貝)を入れることも。岡山の結婚式に一度招かれてみたい。
画像出典:ぐるたび
ちなみに、私が食べてみたいと思ったベスト3を発表しておく。
3位は愛知県の「箱ずし」(メジロ)。愛知県中部の米作りの盛んな西三河、海に近い土地ではメジロと呼ばれる、味がよく贅沢な穴子の小さいものを具にして、祭りのときに箱ずしにするそう。メジロと、魚種のそぼろ、卵が幾何学模様のごとくに、美しい箱の中の宇宙にちりばめられる。箱ずしの型は家紋入りのものが伝わるそうだ。
画像出典:みんなの今日の料理
2位は、高知県の「魚の姿ずし」。土佐には独特なすし文化があるそうだが、この鯖の姿ずしは、宴会(「おきゃく」と呼ぶそうだ)の皿鉢料理の必須アイテムとか。頭から尾まですし飯でぎっしりなれど、頭と尾はピンと立てる。脂ののった冬のゴマ鯖に塩とゆず酢がきいている。村の料理上手が中心となり、農作業を行う結(ゆい)の単位でつくってきたそうだ。
画像出典:すえひろ屋
栄えある(のか知らないけれど)1位は、どこどこどこどこどこどこ……(太鼓の音)。富山県の「みょうがずし」!富山市の山側はおいしいみょうががとれるそうで、庭先のみょうがと、傍を流れる熊野川のマスで、熱々のご飯にこの具をまぜこんで食べるそう。冷めたら押しずしにしておすそ分け。ないしは、明日自分で食べる。みょうが好きとしては見逃せないすしだ。
画像出典:伝え継ぐ日本の家庭料理
とまあ、挙げればきりがない。
巻末には、読み方案内と称して「すし」をあれこれ比較したり、「調理科学の目」と題して、すしの多様な地域性や、すし飯の好みで見えてくる地方性について触れているのでこちらを先に読んでもよいかもしれない。
具として全国共通で人気なのは…ここでいくつか豆知識も得られる。
たとえば、具として全国共通で人気なのは、椎茸、卵、にんじん。
すしというのは、酸味のある飯、つまり「すし飯」と具の組み合わせでつくるものなので、白いご飯をのりで巻いた韓国のキムパブは、のり巻きとそっくりだけれど、すしとは呼べない。
それから、地域性は、御雑煮でもよく話題になるが、すしもまったくもって負けてはいない。2巻目は年明け2月の発売で「肉・豆腐・麩のおかず」だそう。福岡県の水炊き、沖縄県のラフテー、大阪府のどて焼き、青森県の貝焼き味噌……四方を海に囲まれ、食材豊かな日本列島の多様性の紹介はまだまだ続く。私は全巻定期購読を検討中だ。
なお、発行元は「農山漁村文化協会」なのだが、ここから出ている『日本の食生活全集』(全50巻)も併せてお勧めしておきたい。食に関する取材や研究をしている人で、読んだことのない人はいないだろう。
昭和初期に、台所をよく知るお年寄りに再現してもらった料理や加工品の写真、地元の食材の種類や入手方法、活用の様子までの図解や丹念な記述、そして、年中行事やお祭りに関連する食事のことまで触れている、昭和初期のあたりまえの地元の食がわかるシリーズなのだ。
全国300地域、5000人のお年寄りからの聞き書きだそうだ。気が遠くなりそうな作業がこちらもなされている。それぞれ『北海道の食事』『熊本の食事』と47都道府県ごとに1冊刊行されており、『アイヌの食事』に索引2巻を加えて50巻。
自分の故郷の巻を読むと、失ったもの残っているもの懐かしいものが、舌によみがえるかもしれない。
ライター:HONZ 足立真穂
出典:ダイヤモンド・オンライン