<インタビュー>「二郎は鮨の夢をみる」/ 寿司職人の哲学が映画監督を変えた | SUSHI TIMES

<インタビュー>「二郎は鮨の夢をみる」/ 寿司職人の哲学が映画監督を変えた


「二郎は鮨の夢を見る」(じろうはすしのゆめをみる、原題:Jiro Dreams of Sushi)は、2011年に公開されたデビッド・ゲルブ (David Gelb) 監督によるアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画です。公開当時の監督のインタビューを見つけたのでご紹介します。
鮨職人と映画監督。一見遠そうな2人の世界に共通する「仕事の哲学」を知ることができます。

以下転載

ゲルブ監督は、ミシュラン3つ星を獲得した東京で10席のみの寿司店の店主、小野二郎氏のドキュメンタリーを撮影するために地球の反対側まで飛んでいたが、金曜日に「二郎は鮨の夢を見る」のワシントン公開にあたって帰国していた。

 


「私は両親に連れられ2歳のときに初めて日本を訪れました。」ゲルブはロサンゼルスから電話でそう語った。
1985年のことだ。ゲルブ氏は、ボストンシンフォニー交響楽団のアシスタントマネージャーをしていたピーター・ゲルブを父に持つ。
「母も一緒に行きました。そして私は2歳のときから河童巻きを食べ始めたんです。」

 

東京の地下にある隠れた名店


すきやばし二郎は銀座のオフィスビルの地下にある小さいスペースにある。そこでは河童巻きはおろか、巻物は一切出さない。
「本物の寿司職人は巻物を寿司だとは思っていないんですよ」とゲルブは言う。
「握り寿司と巻き寿司は、全く違うカテゴリーの食べ物だとされるんです。」

二郎の寿司店は握り20カンで300ドル程度だ。繊細に味つけられたシャリの上にネタが載っている。ネタは必ずしも生魚とは限らず、
20カン全て異なる寿司ネタで構成されている。

「この握り寿司の完璧なまでのバランス。これを食すことは信じられないほど満足度の高い体験で、スリリングな感動を味わえます。」ゲルブは言う。
そして彼は過去に自分が食べてきた質の悪い寿司は自分の人生の汚点だ、とも語った。
この映画を撮り終えてから、本物の寿司の芸術はこのような最高レベルの寿司店でないと味わえないとわかった。
そのため、今では月に1回ほどしか寿司を食べないが、これまでの5倍の予算の店に行くようにしているそうだ。

 

ミシュラン掲載後、外国人も多く訪れる


さて、老舗「すきやばし二郎」は他の日本の高級店と同じように外国人客を歓迎していなかった。
「もともと二郎は外国人客がそんなに好きではなかった。」ゲルブは言う。「なぜなら、外国人は寿司のことをわかっていないからです。」
それが、2008年にミシュランガイドが発売され、「すきやばし二郎」にも多くの外国人が訪れることになった。
今では小野は外国人客に寿司の可能性を見せることを楽しんでいる。彼の寿司を楽しみたいと願う外国人には二郎は喜んで握ってくれる。

 

寿司ではなく「二郎」という人間に興味を惹かれた


小野スタイルで握られた寿司は、本ドキュメンタリー映画の多くの場面に登場する、欠かせない存在だ。築地市場や小野の少年時代の友人との再開の場面も描かれている。小野と彼の2人の息子を含む弟子たちは玉子焼きの焼き方からタコの仕込みまで全てをカメラの前で実演して見せた。

二郎の店はミシュランで星を獲得している名店だ。もともとゲルブは寿司に関する映画を撮ろうと企画しており、東京で活動するフードジャーナリスト山本益博氏から小野を紹介されたのだった。

「私が寿司に関して伝えたかったことの全てを、二郎はいとも簡単に自分の仕事を通じて表現してしまったんです。」ゲルブは言う。
そして、映画では結果的に85歳(撮影当時)の小野と後継の長男に焦点を当てることになる。
ゲルブは言う。「この映画は鮨そのものではなく、鮨の世界に生きる一人の人間についての物語なのです。」

 

職人二郎から、作品作りの哲学を学ぶ


監督は決して店の開店時には撮影をしなかった(二郎が招待した客に食事を振舞うシーンを除いて)。繁盛する店より小野職人魂に焦点を置いた。

また、通訳を通じて綿密なコミュニケーションを取り、寿司職人としての仕事と、彼の持つ職業観は驚くほど細やかに描写された。(ゲルブ自身の日本語は本人曰く「うまくない」そうだ)ゲルブ監督は通訳を伴う際に事前にトピックと質問を用意しておき、小野とその弟子たちに事前にインタビューを行っていた。

「撮影初日、私はカメラすら持っていきませんでした。」とゲルブは言う。「彼らが、私がそばにいることに慣れて欲しかったからです」
監督は聞き取りのため、山本氏に協力を仰いでいた。「かれらの関係性や二人の歴史を知っていたので、二郎さんから、より率直な答えを得られると思ったのです」

「もし我々の思うように撮影が進まなかったなら、思うように仕上がるまで何度でもリテイクしました。これこそ、二郎さんから学んだことです。正しくできるようになるまで、何度も何度もやり続けるんです」

 

シンプルで奥深い「二郎の世界」を表現するために

監督は現在、ニューヨークにあるメトロポリタンオペラのマネージャーを勤めている。数々のクラシック音楽、音楽家に関するテレビ番組をプロデュースしていたゲルブの父は、ゲルブが映画やクラシック音楽の世界やに入るきっかけになった。しかし、「二郎は鮨の夢をみる」に使われたバッハやモーツァルト、チャイコフスキーやフィリップグラスの曲は単に監督の個人的な趣味で選ばれたものではない。

「選曲は『小野』レベルまで様々な要素が高まっていく様子を表現するために使いました。」ゲルブは語る。「フィリップグラスの音楽には繰り返しの要素が多いが自らの音楽の芯があり、次第に高揚してくる。二郎の哲学はそういった音楽に近いものがある。彼は毎日同じルーティーンをこなしながらも、そのどれか一つでも進歩させることを考えているのです。」

「シンプルを極める」という小野の思想があったから、我々はコマのスピード調整以外、いかなる編集も特殊効果も施していません。美しいカメラワークと音楽だけで作られた非常にシンプルな映画です。我々は、二郎が映画監督ならこんな映画を作っただろう、と思ってもらえたら本望です。とにかくシンプルで魅力的な映画。しかし、その背景にはものすごく深い意味がある、そんな映画を。」

 

出典:Washington’s post ※原文を日本語訳して掲載