それは店の内装であり、テーブルの上のコーディネートであり、お皿の上の食材であり、そして料理とともにサービスされるワインであり……。レストランが他の産業のために担っていることは大きく、そうしてフランスをプロモートをしているということを学びました。
そこで、僕らは九州のアンバサダーとして、この寿司屋が九州のPR役として育っていければいいなと思い、有田焼(カマチ陶舗)のお皿を使い、九州の日本酒や焼酎を揃え、内装を含め九州の美術品や芸術作品を飾り、そして九州らしいスタイルのお寿司を、地中海の魚を使って伝えています。
寿司屋に来たお客様が「九州に行ってみたい」「日本に行ってみたい」という気持ちになり、実際に日本に行くお客様が増えることが僕らのゴールのひとつでもあります。
以前、言語学者の鈴木孝夫先生を通して「タタミゼ効果」という言葉を学んだことがあります。そもそもフランス語には、「日本かぶれにする」「日本贔屓になる」という意味の「タタミゼ(tatamis-er)」という言葉があるのですが、その効果として、海外の人が日本語や日本文化を学ぶと、日本人のように柔らかく謙虚な性格になることが多いというのです。
僕ら日本人がフランス料理のレストランに行くときは、少しカッコつけたく、高揚感を持ちたくなるように、外国のお客様は日本食を食べに行くときはなぜか、少し神秘的なものを求めに来ているのではないかと思います。お箸を使うことなど、日本の文化に触れることに何かインテリジェンスを感じる人もたくさんいます。
たまにお店のカウンターの手伝いをするのですが、その際にはお客様に日本の精神や文化を伝えるようにしています。「いただきます」が、自然界と人間界の境界を超える意味だと知って感動したり、日本は他のアジア諸国とは違ってお箸を横向きに置くと学び、食事の最後までそのマナーでお寿司を楽しんだりしてくれます。お箸を使うのが苦手な人には、素手でお寿司を食べていただいてもらっていますが(苦笑)。
食事の挨拶ひとつをとっても、フランスの「ボナペティ」と日本の「いただきます」は、「おいしく召し上がれ」という意味の前者と「ありがとうございます」と感謝を込めて自ら手を合わせる後者とでは意味が全く違い、こうした所作から、もしかしたら日本人の礼儀正しさが身についているのではないかと思います。
子供の頃には親に、そして学校では先生に、「いただきます」を言わないと怒られたり、食べさせてもらえなかった経験がある方もいるかと思いますが、こうした日々の生活の中にあることが、非常に重要な精神文化なのではないでしょうか。
フランスにブルゴーニュの料理やリヨンの料理、バスクの料理、マルセイユの料理、そしてニースの料理など地域毎に独自の食文化があるように、日本の九州にも独自の食文化があり、それはお隣の中国やアジア、さらには南蛮貿易の玄関口として欧州から影響を受けた文化です。
お店のお通しで、薩摩揚げ(ニース料理でいう、accras/アクラ)や南蛮漬け(escabéche/エスカベーシュ)などを出し、いまや世界を席巻する日本料理がヨーロッパや地中海からも影響を受けていることを説明すると、お客様との距離が一気に縮まるような気がします。茶碗蒸しは、有田焼の歴史とコロンブスの卵への思いを込めて「金色の卵」に入れて提供しているのですが、これも人気で、出汁の効いた味にとてもホッとし、喜んでくれます。
お寿司のアクセントに使う薬味は、唐辛子や柚子胡椒などのスパイス、そして、しそ、ねぎ、しょうが、わさび、ゆずなど。日本でお馴染みのものですが、薬味が身体に季節を気づかせて、準備をさせてくれるのは、南フランスにも九州にも共通すること。また、唐辛子がフランシスコ・ザビエルによって日本に入ってきたものだと伝えると、どこか誇らしげにお寿司を食べていただけている気がします。
こうしてみると、文化を伝える際には、それを単純に日本のものとして紹介するのではなく、ヨーロッパやアジア近隣諸国の影響を受けながら積み重ねてきたものであると伝えることが、これから「共創」していく上でとても重要なことだと思います。
お寿司を通して、人々にインスピレーションやエヴォケーションを与えていく──。アジアの玄関口とも言われる福岡出身である僕らが、日本と地中海をつなぐためにできることはたくさんありそうです。