SUSHI TIMES

一風堂ニューヨーク店の成功でわかった、日本人の「ヒドい勘違い」

「ほっけの開き1枚40ドル」の世界もあるけれど


シンガポールや香港に住んでいると、日本食の人気と価格に驚かされる。
寿司の値段は3倍、味のクオリティは格段に落ちるが、行列のない日本料理屋は海外には存在しない。

最近、シンガポールのリバーバレー(日本人駐在員に人気の地域)にある和食チェーンで、ほっけの開きを注文してビックリ。小ぶりのほっけ一枚が、実に40ドルという恐ろしい値段で売っているのだ。

マンダリンオーチャード(シンガポールを代表する五つ星ホテル)の中にある最高級寿司店「はしだ」に行けば、二人でおまかせを食べて、軽く獺祭を一本入れるとその値段は1500ドル。それでも予約は途切れず、いつ行こうとしても予約で一杯である。

近年の世界的な和食ブームで、世界各国で日本料理店の進出が目立つようになっている。「いきなりステーキ」のニューヨークでの快進撃の話などを聞くと、我も我もと海外進出を考える飲食店が出てくるのもわからないではない。

しかしながら、メディアで取り上げられる成功例の陰には、数えきれないほどの死屍累々とした「海外進出失敗組」がいることを忘れてはならない。

今回のインシアード卒業生は、ニューヨークで飲食に限らず日本発サービスの海外進出をサポートする斎藤晃さん。「海外進出に失敗する日本人の残念な特徴」と「成功の秘訣」について、ニューヨークからの現地レポートを届けていただこう。

 

「自動車、ハイテク製品、寿司」は過去の話


「3か月以内に売上伸ばせなかったらクビ」と上司から宣告され、泣かず飛ばずの時期を何度も乗り越えて、ニューヨークを拠点にコンサルタントを5年以上やってきました。仲良くなった同僚が突然クビになるのを目の当たりにし、次は自分の番かと怯えながら、恥ずかしい失敗を何度も重ね、何とかいままで食いつないでいます。

サバイバルのためには、利益率の良いアメリカのコンサルティング案件だけやっていればいいものを、採算度外視でつい熱が入ってしまうのが、日本発の海外進出案件です。海外に住む日本人ビジネスマンとしては、日本のものが売れていくのは、ただ単純にうれしいものなのです。

日本と言えば、高品質な自動車、ハイテク製品に寿司……というのはもう10年、20年も前の話。いまニューヨークで一番勢いがあるのはラーメン、アニメにゲームです。日本発のオリジナリティとクリエイティビティが求められているのです。

日本を海外に売り込む可能性はまだまだあると思います。いくつもの案件に携わってきた経験から、日本人が海外で事業展開するときに陥りがちな失敗と、最低限これだけはやってほしいと思う秘訣を紹介したいと思います。海外進出を考えていない人にとっても、足もとのビジネスを見つめ直す役に立つのではないでしょうか。

 

アメリカに進出する日本人の誤解「あるある」


ありがちな失敗(その1)「日本」と言えば売れると思っている

確かに世界で和食店は増えています。寿司のファンも多いです。だからといって、世界中で日本ブームが巻き起こっていると思うのは、いくらなんでも勘違い。日本に好意的な印象を持っている人は多いと感じますが、実際のビジネスでお金を払うかどうかはまた別の話。ましてや「メイドインジャパンなら売れる」的な考えは、時代錯誤もはなはだしいというほかありません。

ニューヨークでの寿司イベントニューヨークでの寿司愛好家の様子。イベントファンが多いのは確かだが……
けれども、筆者が初めてお会いするクライアントのなかには、そんな安易な考えに頼っている方が少なくありません。ニューヨークの人から見た東京というのは、東京の人からみた日本の地方都市のようなイメージ。東京は聞いたことはあるし、ある程度は認めるけど、ニューヨークで通用するかは別の問題でしょ、という感じなのです。

ありがちな失敗(その2)「モノさえよければ売れる」という誤解

日本には「いいモノを作れば売れる」という、一種のものづくり信仰があります。しかし、アメリカではそうはいきません。「何も言わなくても、わかる人にはわかってもらえる」などというのは甘い幻想です。過去の製品からの性能向上をアピールするだけでも不十分で、これまでにない目新しさや、どう役に立つのかをアピールすることが求められます。

日本の商品をニューヨークに売り込みたいという人に共通なのは、商品ありきのプロダクトアウトの発想で話がはじまることです。最初に相談されるのはたいてい、「日本で作ったいい商品があるんだけど、アメリカで売れないか」。「アメリカにある課題を解決できるから、アメリカに進出したい」と考えている人に会ったためしがありません。

また、日本(本社)側の事情で、アメリカでの売上目標があらかじめ設定されている場合が多いことにも驚かされます。日本での売れ残りを売り切るのが販売目標ということもありました。アメリカ市場の状況を考えずに、国内事情ありきで話が進んでいるので、現実離れしたプランを聞かされることもよくあります。

外国で成功したいなら、その国のどんな課題に対してあなたの商品がどう役に立てるのか、そのことをしっかりと考える必要があります。

 

堂々と語れば、自然と貫禄が出てくる


では、海外展開で成功するためにはどうしたらよいのでしょうか。その秘訣はいくつもあるのですが、日本人にとって特に重要と思われる3点について紹介しましょう。

①あたかもその分野の第一人者として、商品の課題解決機能をひと言で表現する

まず大切なのが、進出先の地域でオンリーワン・ナンバーワンの存在として、自分たちの売ろうとしているモノやサービスが、買い手の課題をどう解決できるのか、ひと言で説明できることです。買い手がその商品を買うべき理由を、堂々と淀みなく一文で説明してください。

ニューヨークは世界中からさまざまな個性を持ったモノやサービスが集まる場所。次々と新しいものが出てくる競争のなかでは、たとえ日本でナンバーワンであっても、ニューヨークにすでにあるもののコピーと見られてしまったらお終い。逆に、日本では2番手、3番手、いや10番手でも、ニューヨークでオンリーワン・ナンバーワンならチャンスはあるのです。

筆者もコンサルティングというサービスを売っている一人です。何度も失敗を重ねました。

東京での実績をアピールしても大した関心が得られず、「で、私の課題をどう解決してくれるの?」と聞かれ、こちらが必死に答えようとしているうちに相手の興味が失われていくのがわかり、あっという間に打ち切られたことも幾度となくあります。アピールポイントを間違えたために、5分でミーティング終了ということもありました。

それがうまく行きだしたのは、自分を「世界最高水準の日本の製造業のオペレーションで実績のあるコンサルタント」とひと言でアピールするようになってからです。正直言って、日本の製造業コンサルタントのなかでは平均程度の私ですが、ニューヨークでは珍しいタイプのハイレベルな経験をもった人材とみなしてもらうことができたのです。

一つのトピックに精通した人間として堂々と語りだすと、貫禄のようなものが出るのでしょうか。相手は一目を置いて話を聞いてくれるのです。

なお、筆者は英語が堪能ではありませんが、それは問題ではありません。自分の専門分野に関する単語とアピールするための表現はしっかり覚えて、あとは自信たっぷりにふるまうことです。英語の文法や発音をエレガントにするための努力よりも、伝える中身で勝負しましょう。

 

「和牛」を宝飾品と同様に扱う発想


②ストーリーを語る~和牛とラーメンがニューヨークで売れているワケ

「日本で人気」と言えば、アジア圏なら売れるかもしれませんが、ニューヨークではそうはいきません。あらゆるモノやサービスが身のまわりに揃っているニューヨーカーは、商品を買うにあたってあっと驚くようなストーリーを求めています。買い手にとって、その商品を買うことがどのような体験なのかをわかりやすく伝える必要があります。

たとえば、「和牛」に関する私の経験をご紹介しましょう。

ニューヨークでは、和牛の値段は米国産高級ステーキ肉の3倍はします。そこで、近所のスーパーの陳列棚に並べるような売り方ではなく、洋服や宝飾の高級ブランドと同じように扱う必要があると考えました。

具体的にはどうしたかと言うと、タキシードを着たウェイターが和牛を桐の箱に入れて顧客に見せつつ、「この牛にはビールを飲ませ、モーツァルトを聴かせて育てたんです」といったエピソードを披露し、注文する時点からスペシャルな体験を演出しました。

ストーリーを変えることで、同じ商品でもこれまでと違う価値をアピールして買ってもらえるようにもなります。

 

「一風堂ニューヨーク店」の成功に学ぶ


ラーメン「一風堂」はこの点でとても成功しています。

一風堂ニューヨーク店は、混雑時には席に着くまで60分待ちという超人気店。待ち時間はウェイティングバーでカクテルを飲みながらゆっくりと過ごします。日本人の抱くラーメン店のイメージからは遠く離れた、おしゃれなデートスポットなのです。

一風堂ラーメン日本では1杯1000円以下のラーメンも……
席に着いたら、まずは前菜をつまみながらワインを飲み、落ち着いたところでラーメンを食べて、最後にデザート。みなフルコースのディナーを2時間かけて楽しんで帰ります。ラーメン1杯で20ドル、お酒も合わせると2人で合計150ドル支払うこともざらにあります。

日本では、ラーメン1杯1000円以下という感覚が染み込んでいますが、アメリカ人にはそういう思い込みはありません。日本人がおしゃれなイタリアンで前菜・パスタ・デザートにワインを飲むデートに2人で1万円使うのと同じ感覚で、ニューヨーカーにラーメンを食べてもらうことに成功した一風堂の作戦勝ちです。

海外現地に住んでいる人と同じ視点に立って日本を見つめ直し、相手があっと驚くようなストーリーを生み出すことができれば、日本で売られているのと同じ商品を別の付加価値があるものととらえて、喜んでお金を払う人たちがいるのです。

③失敗をおそれないガッツを持つ~優秀さより、ガッツが重要

アピールポイントが見えてきたところで、次はどう売り込んでいくかです。この問題の最良の解は、失敗を覚悟で「数を打つ」ことでしか見つかりません。失敗しても失敗しても、トライをくり返すことです。

私もこれは苦手でしたが、同僚のインド人が目を覚ましてくれました。彼は自分の営業のため、片っ端から電話しまくっているのです。そのしつこさで嫌がられることも多いのですが、コンタクトする量が多いので気がつくとトップクラスの売り上げを達成していました。

受注確率を上げるよりも、圧倒的なコンタクト量を作るほうが受注を増やすための近道だと、彼のおかげで気づかされました。実際やってみると、やはりことごとく断られるのですが、「ニューヨークは失敗が許される街だからハートを強く持て」「失敗の量が少ないやつは成功しない」と同僚や上司に励まされ、とにかく続けています。

「とにかく数を打て」だなんて、MBAホルダーの体験談なんだから、もっと深みのあるサジェスチョンを……と思われる方がいらっしゃるかもしれません。しかしこれこそが、私がインシアードに入学して間もなく教わったことなのです。

インシアードに留学して最初に受けた講義のゲストスピーカーに「インシアードに入学した時点で君たちが優秀なのはわかったから、これ以上の勉強は必要ない。君たちがビジネスで成功するために必要なのは『ガッツ』だ」と言われました。これから勉強しようという人に何てことを言うんだろうとそのときは思いましたが、いまは本当にその通りだと思います。

 

トライ&エラーのサイクルを回しまくれ


海外に住んでいると日本の商品の良さをますます実感して、日本がまるで宝の山に見えてきます。とりわけ、アメリカは日本の数倍の市場規模があり、日本ファンも多いので、商品を売り込むチャンスはいくらでもあります。実際に売り上げを伸ばしている例を、私自身もたくさん目にしてきました。

いまのニューヨークで新規事業を成功させるには、トライ&エラーをくり返してサイクルをどんどん回し、実験の量を速く多くこなすのが一番の近道だと言われます。第一線のビジネスパーソンたちはみなそれを実践しているのです。うまくいかないことも一つの成果と思って、どんどん前に進んでいくことが何より大事なのです。

日本製品というだけでは売れず、東京で売れたからと言って世界では売れません。いかに現地で目立てるのか、いかにストーリーで付加価値をつけるのか、そして優秀さではなくガッツで負けないハートが、ニューヨークに限らず海外進出を成功させる三大要素なのだと思います。


今回のインシアード卒業生:

齋藤 晃(さいとう・あきら)
名古屋大学工学部を卒業後、外資系コンサルティング会社に勤務。2007年からINSEADへMBA留学。卒業後にコンサルタントとして拠点をニューヨークに移し、北米、中南米、ヨーロッパ、アフリカなどの企業のグローバル展開を、市場参入、現地組織・オペレーション立ち上げ、グローバル統合まで幅広く支援。

監修:

ムーギー・キム
INSEADにてMBA取得。グローバル金融機関、投資ファンドで勤務したのち、シンガポールでベンチャー投資・育成業務に参画する傍ら、ビジネス作家としても活躍。3冊の著書はいずれもベストセラーとなり、『世界中のエリートの働き方を1冊にまとめてみた』『最強の働き方』(東洋経済新報社)と『一流の育て方』は合計で50万部を突破、6か国で展開されている。著者への問い合わせは、公式HP→www.moogwi.com

編集協力:

畑中 景子(はたなか・けいこ)
米国CTI認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ(CPCC)。ザ・リーダーシップ・サークル認定プラクティショナー(TLCCP)。個々人のリーダーシップの開花が、本人の人生をダイナミックにし、面白くてエコな社会を実現すると信じ、若手からエグゼクティブまで幅広い層の意識の目覚めと本質的な変化を支援している。慶應義塾大学法学部卒、INSEAD MBA。

出典:現代ビジネス